「わたしがすべて責任をとる」という名言を残した厚生大臣のハナシ。
高市早苗 さんが女性で初めての総理大臣となりました。維新と組んで社会保険料、そのなかでも医療費をぐぐっと下げる、という政策を打ち出そうとしているのでわれわれ開業医には風当たりが厳しくなりそうですが、まずは政策実行のスピード感から今後に期待は持てます。是非ご自身の信念と貫き通していただきたいと思います。あと、ときどきドラムでも叩いてストレスを発散して、心身ともに健康を保ちつつ働いて働いて・・・してもらいたいです。
ここで今から 60 年以上前に飛びます。1960 年の首相は誰でしょうか。そう、日本が未曾有の経済的繁栄を享受することになる所得倍増計画を牽引した池田勇人 総理です。この第二次池田内閣で厚生大臣であった 古井喜実(ふるい よしみ)のハナシを紹介します。現在当院でも日々多くの方に受けていただいている予防接種についてです。
1950 年代後半、日本ではポリオ(急性灰白髄炎)によるいわゆる小児麻痺や死亡が流行していました。ポリオウイルスが経口的に体内に侵入する、という増殖様式で、このウイルスが運動神経細胞を破壊し、麻痺を引き起こします。特に北海道・東北での患者数は凄まじく、年間患者数は 5,000 人規模、乳幼児を中心に多くが麻痺を残し、命を落とすケースもありました。1960 年当時、日本ではポリオに対する予防接種はいわゆる "不活化ワクチン" が導入されていましたが、この予防効果が十分ではありませんでした。このとき厚生省内で「生ワクチンを導入すべき」という意見が多くを占めたものの、生ワクチンがまだ日本国内で承認されておらず、生産が追いつかず西側諸国から簡単には生ワクチンを輸入できない状況もあり、なかなかその導入に踏み込めない状況でした。すでに欧米では「ポリオは生ワクチンで防げる」時代に入りつつあっただけに、国民の不安は強く、新聞は連日「生ワクチンをよこせ」と書き立てていたと言います。他国では効果が明らかな治療薬があるのに、国内承認が追いつかず、目の前の患者(ここでは日本の子どもたち)がどんどん悪化していく──そんな状況であったといえるでしょう。
そんな頃日本に飛び込んできたのが「ソ連が生ワクチンを大量に精製し、積極的に使用している。日本への輸入もまかなえるくらい豊富な在庫もある」というニュースです。当時は冷戦まっただ中。政治的には「敵」であるソビエト連邦。このとき厚生大臣であった 古井喜実 は、いまで言えば “医学リテラシーのある政治家” であったのでしょう。閣僚として西側諸国への配慮をしつつ、「病気に国境はない。ワクチンも同じだ」という、真っ当な判断軸を持っていました。彼は医学者の意見と世界のデータを読み込み “今必要なのは政治論ではなく、子どもの命を救うため” と超法規的に判断し、わずか 2 週間でソ連と交渉 → 輸入 → 大規模接種 に踏み切ります。このスピードは当時としては異常なくらいの速さです。現代の感覚でも、薬事承認前のワクチンを国外から緊急輸入し、全国で投与させたわけですから、あり得ないほど迅速です。実際、ソ連ではすでに数千万単位の児童への投与実績があり、効果と安全性が確認されていました。公衆衛生の視点に経てば、「最も安定した大量供給源だった」という極めて合理的な事実にたどり着きます。
そして 1961 年、ソ連から輸入した経口生ワクチンを全国で緊急投与。その結果、患者数は翌年以降、5,000人超 → 数十人レベルへ激減、という大谷翔平の "50・50" ばりの驚くべき結果をもたらしました。これは日本の公衆衛生史でも「劇的な成功」と教科書レベルで扱われる成果であり、このエピソードそのものではありませんが、「小児麻痺撲滅するために奮闘する男」を描いた映画、『われ一粒の麦なれど』も上映され、ヒットしました(院長が大好きな役者さんであり、エッセイストの 高峰秀子 さんも出演されています)。
このとき、古井善実 が残した名言が「(ソ連からの生ワクチン緊急輸入については)わたしがすべての責任をとる」です。これがなぜ名言かというと、日本の政治家の多くが「責任を取らないから」に他なりません。最近、高市内閣で初入閣した若い大臣が省内の訓示で「全責任は私が背負います」と述べた、ということでニュースになりました。本来これは上に立つ者として "アタリマエ" の矜持ですが、今はニュースになります。「責任のとり方」にもいろいろあると思いますが、古井大臣の言葉は、すべての政治家だけでなく、院長のような組織のトップに立つ者にとっても常に心に刻むべきことと思いつつ、明日も診療を行ってまいります。
(図は https://www.iph.pref.hokkaido.jp/charivari/2009_12/0912-1b.jpg より。ここまで劇的な減少はなかなか事例がないですね)
