すべての医療者が常に念頭におくべき "適切な医療を実践するためのコンセプト"。
これまで院長は数多くの診察を行ってきました。現在だいたい 1 ヶ月に 1600-2000 名くらいの外来診療を行っているので、年間だと 2 万回くらい患者さんを診察していることになります。そのなかで下記のようなことをだいぶ言ってきた覚えがあります。そんななかで
(1) とりあえず ◯◯(検査)やっておきましょう・・・
(2) ◯◯(患者さんの名前)さんが希望されるなら・・・
(3) 新しい術式ですから・・・
(4) 何もしないとお互い心配なので・・・
皆さんも患者の立場として診察室でいくつかは聞いたことがあるセリフかと思います。しかしこれらのセリフ、最近の医療現場では "タブー" といわれるほど忌避されるような流れがあります。それを表すのが "Choosing wisely" というコトバ。
意訳すれば「賢明な選択」。これは 「患者さんに "本当に必要な医療とは何か” を問い直す試み」ともいえます。医療の世界は他のサイエンスと同様もしくはそれ以上、データにあふれておりますが、実はヒトの思い込みや慣習にしばしば左右され、意思決定がなされるところがあります。そのため、いったん立ち止まって「その診療行為、本当に価値があるか」を見つめ直す流れがこのコンセプトにあらわれています。
今年、(一般的な診療でしばしば行われているものの)「価値の低い、または価値のない医療」の提供についてのデータが筑波大学から示されました(https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20250607010000.html)。この論文の要約として、著者の先生方は次のように述べています。
「プライマリケアにおける「低価値医療・無価値医療」の提供実態を分析しました。その結果、こうした医療の大部分は一部の医師によって提供されており、特に年齢が高い、専門医資格がない、患者数が多い、などの特徴がある医師ほど、その傾向が強いことが分かりました」。
これはかなり "芯を食った" 論文です。院長は現在日々発熱外来としてインフルエンザや COVID の患者さんを診ております。そして 医師 25 年目の 48 歳。まあベテラン(=高齢)と言われてもよい経験年数です。また、泌尿器科については専門医資格を持っているものの、感染症専門医や総合診療専門医を持っているわけではありません。さらに患者数は少なくありません。これらすべてのことにあてはまってしまうのです。
では著者らの言う「低価値医療・無価値医療」とはどういったものでしょうか。一例として挙げさせていただきます。
・風邪に対する去痰薬処方
・風邪に対する抗菌薬処方
・風邪に対するコデイン(咳止め)処方
・腰痛に対するトリガーポイントなどの注射による鎮痛を目的とした治療
面白かったのは「東日本や中日本よりも西日本のほうがこういった治療が提供される傾向がある」こと。関西や九州の先生方は「患者さんの希望に合わせる」ことが多いのか、はたまた「西日本の患者さんは "なにがなんでも自分がほしい薬があったらそれを主張したがる" 」ということなのかわかりません。どうなんでしょう。いずれにしてもこういった考えは、当院のモットー、「適切な医療でみんなを健やかに」を掲げている当院としては非常にウェルカムです。
しかしながらまあ問題がないわけではありません。例えばいわゆる「プラシーボ効果」。「病は気のせい」的なことは実際の臨床では確実にあります。しばしば過活動膀胱(1 日の排尿回数が増加する傾向になる疾患群)の臨床研究では、「治療薬を投与された群」だけでなく「偽薬(治療薬と同じ外観・似せた味にしているが有効成分が入っていないもの=これがプラシーボです)を投与された群」にも "治療効果(排尿回数の減少)が認められる"ことがあります 。患者さんが「先生の顔をみるとなんだか元気になるのよ」みたいな嬉しいことを言ってくれる患者さんもおそらくプラシーボ効果みたいなものでしょう。
いずれにしても医療費高騰が叫ばれる昨今、この流れは確実に実臨床に取り入れられていきます。これまでの「薬をだせばよい(出したほうがもうかる)」よりも、「最小限の治療で最大限の効果を期待する」ほうが大切にされるべき態度であることは当然だからです。
Choosing Wisely は、医療における「点検作業」を世界規模で進めようというキャンペーンです。2010 年代に米国で始まり、その後さまざまな国で広まりました。「賢く選ぶ」という名前の通り、患者さんと医療者が一緒に “必要な医療・不要な医療” を見極めることを重視します。ただ単に医療費削減を目的とするものではなく、“過剰な医療が患者さんの利益を損なうことがある” という科学的事実を前提にしています。各専門学会が「(何の根拠もなく)ルーティンでやらないほうがいい」というリストを挙げ、それらはあくまで「禁止事項」ではなく「考えるためのヒント」となる。われわれ医療者だけでなく、医療の消費者である患者さんにも「常に考え、常に学ぶ姿勢」を求める、ある意味では厳しい考え。これは今後日本でもより広がっていくと思われます。
・・・そんなわけで今晩も診療ガイドラインを批判的に読みたいと思います。
