どの役者さんも本当に演技が素敵で引き込まれ、息もつかせぬストーリーで一気見したくなるドラマ、『シナントロープ』を観て来院してくれる患者さんにあらためて感謝。
アオアシカツオドリ、キバラオオタイランチョウ、キバタン、カラフトフクロウ、ハシビロコウ、ベニコンゴウインコ、アンデスイワドリ、ヒクイドリ、アホウドリ、アオバト、キンカチョウ、シマセゲラ、ハシビロコウ、インカアジサシ、カラス。
突然鳥の名前を羅列してしまってすみません。こんな名前がものすごくたくさん出てくるドラマ、『シナントロープ』を最近観たせいです。
街の小さなバーガーショップ「シナントロープ」を舞台に、そこで働く若者たちの日常と人間関係、そして次々と起こる出来事が絡み合っていくストーリーを見事に描いた作品です。
主人公の都成剣之介(となりけんのすけ)が、同じ店で働く水町ことみに密かに思いを寄せている。そこだけを切り取れば若者の恋愛ドラマのようなのですが、そんな単純な話ではありません。強盗事件が起こり、人間関係が少しずつ変化していき、「あのときのあの言葉はそういう意味だったのか」と後から気づかされる。何気ない会話や小さな出来事がすべて伏線になっていて、気を抜いて観ていると大切なものを見落としてしまうくらいたくさんの仕掛けがある、ミステリ好きにはたまらない仕組みになっています。脚本は『オッドタクシー』の此元和津也さん。彼らしい世界観でした。
ものすごく入り込むことができた作品だったのですが、院長が「視聴者が共感しやすい」と感じた理由が「登場人物たちがどこか不完全である」ということ。ものすごくアタマが切れる人ばかりでもなければ、完全な悪人ばかりでもない。ちょっとずつ変わっていて、ちょっとずつ弱くて、しかしそれぞれが自分なりの方法で生き延びようとしている。
このドラマの「シナントロープ」というタイトル。シナントロープ(synanthrope)は、ギリシア語で syn-「共に」+ anthrôpos「人間」)と訳され、「人間社会の近くに生息し、人間や人工物の恩恵を受けて共生する野生動植物」を指す言葉です。ほぼ全日本人に嫌われるであろう、突然リビングに現れるあの "G" も節足動物のシナントロープです。脚本の此元さんは、このタイトルに「逞しさ」と「戸惑い」が同居したまま生きることへの肯定を込めた、と語っていますが、まさに言いえて妙。
さて、そんな『シナントロープ』。院長が気に入ったシーンは山田杏奈さん(大変美しく、演技も本格的でこの作品でファンになりました)演じる水町ことみが、それまで働いていたバーガーショップ「シナントロープ」の経営をそれまでのオーナーから引き継ぐ場面。
強盗事件によって評判が悪化し、もともとのオーナーは店を閉めることを決断します。そこで水町が、「自分が経営を引き継いで店を続けたい」と言い出します。若いのにすごい決断です。そしていざ自分たちで店を始めてみる。
ところが――。
お客さんが来ない。店を開けている。スタッフもいる。商品も用意している。でも、お客さんが来ない。水町が途方に暮れる姿を見ながら、院長はまったくドラマとは関係のないことを考えていました。
「これ、秦野北クリニックで起こったら絶対に 3 日と耐えられないだろうな……」
開業医になってみてわかったことのひとつに、「患者さんが来院する」ということが決して当たり前ではない、というアタリマエがあります。勤務医のころは、外来の日になれば患者さんがいました。というより、たいていの場合は「今日も予約の患者さんが多いなあ」と思いながら診療を始めていました。病院という大きな組織があり、(結構有名な病院に勤めていましたので)長年培われた信用があり、そのなかで自分が診療させてもらっている。
ところが開業すると事情が違います。建物をキレイに整えて、医療機器をそろえて、スタッフを雇って、電子カルテを(物理的なだけでなく、その中身を作り込むという意味で)用意して、ホームページを作って看板を出して、さらにはこんなふうに毎日ブログを書いたり YouTube 撮影したりして少しでも自院をアピールして、そして診療開始時刻になったらきちんと入口のシャッターを開ける・・・。
でもそれだけやっても患者さんが来てくれる確証はありません。それはレストランなどの飲食業や美容院などのサービス業と異なる、医療がもつ特殊性に一因があります。
そもそも、どのひとも医療機関のお世話になりたくありません。そういう意味ではできれば秦野北クリニックにも来ないほうがいいのです。医療者は「たくさん来てもらうこと」を単純に喜べばよい仕事ではない、という至極当然のことを心に抱きながら診療しています。このあたりが医療機関経営の少し不思議というか矛盾というか、複雑なところです。
でも患者さんが来院しなければスタッフに給与を出せません。なので『シナントロープ』の誰もいない店内のシーンはなかなか心を抉る(えぐる)モノがありました。
ただ一方で、その場面を観ながらもうひとつ、
「でも患者さんが来なかったら、その時間にやることはいくらでもあるな」
という思いもありました。これは開業してから分かった、というか院長がこれまでに話したすべての経営者が口にすることなのですが、「組織を運営していると仕事は無限にある」ということです。クリニックなら院内の掲示を見直す。患者さんへの説明文書を作る。ホームページの情報を更新する。古くなった備品を整理する。医薬品や医療材料の在庫を確認する。スタッフの動線を考える。予約システムを改善する。掃除する。普段なかなか読めない論文を読んで知識をアップデートする。紹介状のひな型を改善する。患者さんからよく聞かれる質問をまとめる。待合室の環境を整える。公式 YouTube の次のテーマを考える。・・・挙げればきりがありません。
患者さんが多い日は、「もう少し時間があれば、あそこを直したいのに」と思い、いざ患者さんが少ないと、「今日はちょっと暇だなあ」と不安になる。人間とは勝手なものです。ただ最近は、患者さんが少ないなら、次に来てくれる患者さんのために環境を整える時間にあてる、そう考えるようにしています。いってみれば「患者さんがいない時間もまた、クリニックをよくするための時間」といえるわけです。
作中で水町ことみが「客が少なければ客を呼ぶアイディアを練ろう」と案をだして実行する姿をみて勝手にシンパシーを感じてしまいました。そしていろいろあって(本当にものすごくいろいろあります。このドラマは)お店が繁盛して敏腕若手経営者として TV の取材を受けるシーンがありますが、それは「重要で緊急なこと」ではなく、「重要だがそこまで緊急ではないこと」に取り組んだ結果なのだなぁ、と勝手に思いました。
「シナントロープ」という言葉が示すように、ヒトもまた、自分を取り巻く環境に適応しながらたくましく生きています。当院もこのお店のようにある意味したたかにサバイブしていければと思っております。
作品が好きすぎて、ついついオリジナル T シャツを購入してしまいました。このデザイン大好きです。
