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はじめて手術をうけた 2007 年 10 月の頃 を振り返る- その 2

[2024.12.07]

医師 7 年目であった院長は 2007 年 10 月 21 日(日)、2 つの学会スライド準備を終え、ようやくゆっくり眠れると思って夜に床に就きました。それまでの 1 週間は平均で 3 時間程度の睡眠時間しか確保できず、一瞬で眠りに落ちました。この頃はまだ 30 歳。中途覚醒など経験することはまずない若さに溢れた頃です。・・・なのに夜中の 3 時に目が覚めたのです。

目が覚めたとき、激しい吐き気・心窩部(みぞおち)痛に襲われました。とにかくトイレに駆け込み、嘔吐を 3-4 回繰り返し、吐き気は落ち着きました。しかしながら心窩部痛は持続し、自己診断すると疼痛部は完全に上部消化管(胃)であったために「前の日に(カニクリームコロッケだったのですが)揚げ物食べすぎたなぁ」くらいに思ってそのあと寝ようとしたのですが・・・。全く眠れません。痛みがひかないどころからだんだん強くなってくるような感じなのです。

結局明け方 5 時頃に痛がり疲れて眠ったのですがその頃は 5:30 に起床して 6:00 に家を出て 6:30 には病棟にいたので 5:30 に目覚ましをかけていたのですが起きれず。結局 6:15 頃慌てて起きて食事もとらずに病院へ。

10 月 22 日は月曜日。最悪の体調で朝の病棟回診を終えたあとに外来へ。院長は癌研の泌尿器科レジデントとして初めて自分の外来を持たせてもらったというありがたい機会をいただいた者なのですが、とにかく当時は慎重に外来診療を行うことを第一にやっていたので時間がかかりました。大体 30 名くらいの患者さんを 9:00 から 16:00 くらいまでに診る。その間にちょくちょく造影検査などで検査室に行く、というような感じでした。

外来が始まって 10:00 くらい。相当辛そうな表情だったのでしょう。診察室に入ってきた患者さんに「おはようございます。体調いかがですか?」と言ったら逆に「先生こそ顔青いけど大丈夫?」と言われる始末です。

心窩部痛で始まった腹痛がだんだん下腹部にうつっていき、徐々に右下腹部に限局して生きた頃、外来が終わりました。16:15 頃でした。外来は集中・緊張して診療していますので終わったときに痛みが増強してきました。アタマもふらつきます。簡易体温計で測定すると 37.8 ℃ で、痛みも尋常ではありません。すぐに看護師に採血してもらい、自分の炎症反応を示す CRP という値をみるとなんと 10 を超えていました(正常値は 0.3 以下くらい)。右下腹部痛の部位を自分で触診すると、圧したときよりもパッと離したときのほうが痛い気がします。

発熱・右下腹部痛・疼痛点の移動経路・炎症反応上昇と圧痛の様子など、この時点でほぼ自己診断はついていたのですが確定診断を得るために造影 CT を撮ることになったのでした・・・。

明日につづく。

痛みはこんな感じでした。

イラストは https://www.ezmedlearning.com/blog/appendicitis-pain-symptoms-diagnosis-treatment より。

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