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またまたヤマザキマリさんの本を読んで安部公房先生について思いを馳せる。

[2026.04.07]
今年は 2026 年。今から 100 年前に大正天皇が崩御され、激動の昭和が始まった時代となります。というわけで本年は昭和 101 年になります。あとは院長の尊敬する作家、安部公房 先生生誕 102 年目だったりします。以前にも『テルマエ・ロマエ』で有名なヤマザキマリ さんの安部公房 先生に関する本をこのブログで紹介したことがあるのですが、今回も彼女の本、『男子観察録』を読んでいたらまたまた 公房先生が登場していたのであらためてここでその人生に触れてみます。ただ院長が好きなだけ、ということなのですが。
 
安部公房 先生は、1943 年に東京帝国大学(現・東京大学)医学部に入学しました。戦時中の混乱期、満洲で医師をしていた父の手伝いをしていた経験もありましたが、戦後、彼は医師の道を選びませんでした有名な逸話として、卒業試験の口頭試問で「人間の妊娠期間」を問われ「2 年」と答えたり、象の妊娠期間を答えられなかったりした、というエピソードが残っています。結局、彼は「医師にならないこと」を条件に卒業単位を与えられるという、極めて異例の形で医学部を卒業しました。しかし、この「医学」というバックグラウンドが、彼の描く文学の世界に冷徹なまでの精密さと、生物学的なリアリズムをもたらすことになります。
 
安部作品のすごさは、突飛な設定(アート)を、まるで手術記録のような緻密なディテール(サイエンス)で補強する点にあります。

・『他人の顔』:形成外科的アプローチ 事故で顔を失った男が、精巧な仮面を作って「他人」になりすまそうとする物語です。特筆すべきは、仮面を製作する工程の描写です。その粘り強いまでの細かな記述は、読者に「医学部出身だからこそ書けるディテール」と感じさせます。彼は「顔」というものを単なるパーツではなく、他者との通路として構造的に分析しました

・『砂の女』:物理的・生物的な生存の記録 昆虫採集に訪れた男が、砂穴の家に閉じ込められる物語です。ここでは「砂」という流動体が、まるで顕微鏡で観察される物質のように生々しく描かれます。読者は砂の不快感や物理的な性質を、皮膚感覚で理解させられます。この作品は世界 30 数カ国で翻訳され、フランス最優秀外国文学賞を受賞するなど、世界的な評価を決定づけました。

彼は単なる文士ではありませんでした。常に最新のテクノロジーを先取りする「理系的な好奇心」の塊であったというエピソードが残っています。。

・ワープロとシンセサイザー: 彼は日本で最も早くワープロで小説を執筆した作家の一人です(1984 年から使用)。NEC のワープロ開発にも関わり、その機種は「文豪」と名付けられました。また、自宅にいち早くシンセサイザーを導入し、自ら舞台音楽を制作するなど、電子機器を自在に操りました

・「チェニジー」の発明: 驚くべきことに、彼は文学以外でも「発明家」として実績を残しています。ジャッキを使わずに装着できるタイヤチェーン「チェニジー」を考案し、国際発明家エキスポで銅賞を受賞しているのです。この合理性を追求する姿勢は、彼の小説の構成力にも直結しています。

さらに安部作品には、現代のAIやネットワーク社会を予見したかのような鋭さがあります。

・『第四間氷期』とAI社会:1950年代末に発表されたこの作品では、すでに「予言機械」が登場し、現代における ChatGPT などの生成 AI に通じるような世界観が描かれています

・『箱男』と匿名性:ダンボール箱を被って都市を彷徨う「箱男」の視点は、現代の監視カメラインターネット上の匿名性、あるいは人に見られずに見る「覗き見」の構造を先取りしています

安部公房先生は、当時の日本文学の主流であった「自分の身辺を描く私小説」を徹底的に否定していた作家だったと院長は理解しています。彼は自らの生の痕跡を「消しゴムで消す」ようにして、純粋なフィクションを構築しようとしました「自分とは何か?」「人間という種の本質はどこにあるのか?」という問いに対し、彼は医学的な客観性と、シュルレアリスムの芸術性を融合させて答えようとしました。
 
はじめてのひとにとって、安部作品は一見難解に思えるかもしれません。しかし、一歩足を踏み入れれば、そこには科学的な論理に裏打ちされた、"わかりやすい迷宮" ともいうべきパラドキシカルな世界が広がっているように思います。混迷を極める現代社会において、人間を生物学的・構造的に捉え直した安部公房 先生の視点は、私たちに「正気を保つための座標における原点(x=0, y=0)」を教えてくれるようです。もし、日常の「自分」という枠組みに疲れを感じたら、ぜひ安部公房の文庫本を手に取ってみてください。そこには、医学部出身の天才だけが見ることのできた、残酷で美しい「人間の真実」が描かれています。

以前 YouTube で 1980 年中頃に収録されたと思われる、「作家の安部公房 先生が慶応義塾大学医学部分子生物学教室教授の渡辺 格 教授と遺伝子・細胞・分子生物学的な話題で議論をする」という、大変貴重な動画がありました(今もあるかも。公式サイトではありませんが)。タイトルは「物質 ⇒ 生命 ⇒ 精神 ⇒ そして X」で、全集の中の対談集に収載されています。

そのなかで安部先生がこのようなことを言う場面があります。

「イラン・イラク戦争のニュースを観ていたんです。テヘランだったと思います。すると爆撃のあとですからカメラが瓦礫の山をとらえてるんです。その瓦礫をカメラがずっとパンしていくんですが、爆撃のあとですから破れたシャツとか靴とかが散乱しているわけです。でもそのなかでふっとカメラが止まって 1 冊の本をとらえたんです。それがドストエフスキイだったんです。それがいろいろな意味で凄くショックでした。というのは、自分がドストエフスキイに興味を持ったのが 15 歳くらいの(太平洋戦争における)日米開戦の頃だったんですが、ドストエフスキイの世界というのは人種や民族はいなくて "人間" しかいない世界。その世界に没頭している自分にとって "日米開戦" というのはものすごく矛盾した、気持ちが引きちぎれられるような感覚になったんです。文学は腹の足しにもならない役に立たないもの、とある意味では言えるのかもしれませんが、普遍的な思考に深く関わっている、コトバが凝縮した世界なわけです。ドストエフスキイのあの映像は、希望と絶望が入り混じった、どちらかというと絶望が多かったかもしれませんが、感情を引き起こしましたが、言語、コトバっていうものの "もしかして" っていう可能性を感じたりもしたわけです・・・」。

観念的でこじつけくさい意見かもしれませんが、再びテヘランが爆撃されている現在だからこそ、コトバの可能性を信じた安部公房先生の作品をもう一度読み返すときなのかもしれません。トランプさんとか読んでくれないかなぁ。そうしたらもう少し違う世界との向き合い方になるのではないかと愚考するのですけれど。

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