むかし学生の頃、寝ながら「ストレートで勝負です!」と言った友人がいましたが、彼のあのセリフは明晰夢の最中だったのかいまだ疑問。
最近、院長は以前と比べて眠りが浅くなったせいでしょうか、よく夢を見ます。しかも決まって大学受験のために寝る間を惜しんで勉強していた高校 3 年と、あやうく留年しそうになった大学 2 年生のいずれも 11-12 月頃、つまり今頃です。もうそれぞれ 31・29 年前のことになります。その 2 つの時期は本当に(人生において)ギリギリな感じで過ごしていたのだなぁと今振り返っても思います。
ただ、そんな夢をみている最中に、自分で「これは夢である」と自覚していることがあり、これは「明晰夢」と呼ばれます。院長にはまだ無理ですが、明晰夢は訓練によってある程度自分でコントロールして見ることができるようになるといわれています。そういうひとは、「これは夢だ」と自覚しながらその夢のストーリーを自由にコントロールできるそうです。楽しそうですね。
平たく言うと、睡眠は「レム睡眠」(脳が覚醒、身体はぐったり)と「ノンレム睡眠」(脳と身体の眠りの深さが一致している状態で、まどろみのような浅い睡眠の「ステージ 1・2」から、呼びかけてもなかなか目覚めない深い睡眠の「ステージ 3・4」に分かれます。ヒトはたいてい一晩に 3〜5 個の夢を見ていますが、ほとんどは、レム睡眠、すなわち「脳がはっきりしているとき」です。中でも明晰夢は、脳の覚醒レベルが非常に高い状態で見られることがわかっています。これまでの明晰夢についての実験では、起きているときよりも明晰夢を見ているときのほうがはっきりしている場合もあり、このくらいしっかりと脳が覚醒していると、「明晰夢を見ているひととコミュニケーションをとる」なんてことも可能になるそうです(見てみたいですね)。
睡眠に関する研究で用いられてきた画像(fMRI、PET と呼ばれる比較的新しい画像診断法)を解析すると、レム睡眠では、
・視覚野(後頭葉)は活発 → 鮮明な映像体験が可能
・扁桃体(情動の中枢)は過活動 → 夢が感情的になりやすい
・前頭前野(論理・判断)は活動低下 → 夢の非現実性に気づかない
などの知見が得られています。つまり、夢とは「視覚と感情が機能亢進をきたし、論理の枠が外れてしまった脳が、内的刺激を “物語として解釈” している状態と解釈できます。
睡眠中、とくにレム睡眠では、脳内の海馬と呼ばれる記憶に大きく関わる部位と、理性や論理など、やや高次の脳機能を担う大脳皮質のネットワークが活発にやり取りし、"記憶の整理・統合" が進むことがほぼ確実視されています。
その過程で、「断片的な記憶」「感情」「最近の経験」「過去の記憶のかけら」が脳内で再生され、それが “夢としてのストーリー” に編み上げられる。夢の奇妙な設定や急な場面転換は、この “断片編集作業” の副産物と言われています。となると、「夢とは記憶のトレーニングをしている脳のログである」といってよさそうです。
ではなぜ夢を見るのか?となるとひとつは "情動の調整" として、扁桃体や前頭前野の活動変化、ストレス関連ホルモンの変動から、夢が感情処理の一部を担うという説はかなり支持されています。さらに "記憶の統合" 、すなわち学習課題後に増えるレム睡眠量、睡眠翌日の成績向上などから、夢は “記憶統合作業の副産物” とする科学的仮説は比較的睡眠科学の世界では比較的強く支持されています。一方、“夢が未来を予言する” "夢に出てくるひとは自分が好意を寄せている(または寄せられている)" といった主張には科学的根拠はないようです。源氏物語とかむかしの日本古典にはそのようなハナシがたくさん出てきますが。
簡単にまとめると、夢とは「脳が自らを整理しながら、ランダムに上映する内的なシミュレーション」であり、そう考えるとこれは神秘でも象徴でもなく、脳活動という物理現象の一部として説明できる、ということになっています。ただし睡眠科学における "夢" についての知見はまだ未解決部分が多く、これからの研究でもっと興味深いデータが示されていくことでしょう。
・・・というような明晰夢を見ながらこのブログを書きました(とか言えるとオチとしてキレイですが、すみません、ウソつきました。そんな夢は見ておらずしっかり覚醒している時刻に自力で書きましたよ)。
