"わからないことをわからないままにしない"、これは学生時代だけでなく人生において結構大切なことだと思うのです。
先日ある論文 "Visually estimated left ventricular ejection fraction by echocardiography is closely correlated with formal quantitative methods" (Gudmundsson, P, Int J Cardiol 2005, 直訳すると "ヒトが(計算せずに)パッと見で評価した心臓の左心室機能は、ちゃんと計測して算出した評価方法とそんなに変わらないよ" というタイトルです) を読んでいたらこんな表現が出てきました。"Eyeballing Ejection Fraction" という、この論文内での " " 付きの用語です。これは eyeball、すなわちヒトの眼球でとらえた ejection fraction(左心室の収縮能力・ポンプ能力を示すのでこの数値があるとザックリと「心機能」の評価ができます)、という意味です。
この論文を読んで、先日出席したセミナー「?」だった内容がようやく腑に落ちました。そこでは講師の先生が「われわれ循環器専門ではない医師によるアイボールによる評価でも熟練した超音波の技師さんによる評価とそう変わらないのです」と仰っていました。そのときは「アイボール」がまさか "eyeball" とは思わず、意味がよくわからないままスルーしてしまったのですが。ああ、アイボール、眼球。そういうことね。
日本語ではこういうことがしょっちゅうある気がします。外来語、外来語もどき、カタカナ語、新造語、外国語が入り交じるので「これはどういうこと?」となることがあるのです。
「今回のプロジェクト、まずはコンセプトをブラッシュアップして、ローンチ前にエビデンスもちゃんと揃えましょう。なんとなく “それっぽい” だけではステークホルダーは納得しませんから。」
(コンセプト=外来語、ブラッシュアップ=和製的用法、ローンチ=外来語、エビデンス=カタカナ語化した専門語、ステークホルダー=外来語)
「この施策、コスパは悪くないですが、タイパ的には微妙ですね。もっとユーザーフレンドリーな UI にリデザインできませんか?」
(コスパ・タイパ=新造語、ユーザーフレンドリー=外来語、UI=User inteface 英語略語、リデザイン=カタカナ語)
「まずはアジェンダを共有します。今日のゴールは KPI の再設定と、リスケ後のスケジュール確認です。OK?」
(アジェンダ=外来語、ゴール=外来語、KPI=Key performance indicator 英語略語、リスケ=和製略語、スケジュール=外来語、OK=外国語)
「この案件、グローバル基準で考えるとまだ competitive とは言えません。クオリティを底上げして、ちゃんとアピールポイントを明確にしましょう。」
(グローバル=外来語、competitive=競争力のある、英語そのまま、クオリティ=外来語、アピールポイント=和製的複合語)
「とりあえずドラフトを Chat で投げます。フィードバックをもらってから、最終版を fix しましょう。スピード感が命です。」
(ドラフト=外来語、Chat=英語そのまま、フィードバック=外来語、fix=英語動詞のそのまま使用、スピード感=和製語)
・・・書いていてなんだか背中がむず痒くなってきました。でも、医療機器メーカーさんとか、ときどき話すビジネスやっているひとたちとの会話はこういうのが普通に出てきて目が回るときがあります。
こういうハナシをすると、フランスのことが思い出されます。フランス人は「英語を話せるけれども、来仏している外国人がフランス語を使っていないと少し冷たくなる」。院長は残念ながらフランス人に親しい友人がいないのでその実際はわかりませんが、そういったことはよく聞かれます。かつてフランスの国民会議が、外来語の使用を禁止し、使う場合はフランス語の言い換え、説明をつけるように、という法律をつくったこともあります。これについての是非はあろうかとおもいますが、「よくわからない言葉を用いない」というのは素晴らしいことだと思います。もし日本でそんな法律が適用されていたら、今回の「アイボール」をレクチャーを受けているときには理解していないのについ流してしまった院長のような不具合は起こっていなかったと予想されるからです。
「わからないことばをわからないままに使う」。日本語を使っている日本人のこういった態度はある犯罪と大きく関わっている気がします。それがいわゆる一連の「特殊詐欺」。昨年だけで 3000 億円ものこういった詐欺被害が報告されているそう(表に出せないような詐欺もあると思うので実際はもっとありそうですが)。
「こちら〇〇サポートセンターです。お客様のマイナンバーがコンプライアンス上のイシューでアラート対象になっています。至急アカウントのリカバリー手続きをしないとペナルティが発生します。」
「現在、お客様の資産が海外ファンドのスキームに組み込まれており、コンファームのためにワンタイムコードの共有が必要です。これはセキュリティプロトコルですのでご安心ください。」
「お使いのデバイスがマルウェアにインフェクトされています。リモートでスキャンし、クリーンアップを実行しますので、今からリンクをクリックしてください。」
・・・われわれ世代ならわかりますが、ウチの親世代だとわからないひとも多くてついついクリックしたりすることあるだろうなぁ。
「わからなかったらちゃんと聞いて下さい」。これは学校で教わることですが、われわれ日本人は、ついつい "場の空気" を読んで、「ちょっと質問しちゃうと時間が延びちゃうかな・・・」とか気を遣ってスルーしてしまう傾向が、外国の方に比べると多い気がします。ただ、そうなるとどんどん「わからないことに鈍感になる」ことに慣れていってしまいます。偉大な国語学者の外山滋比古先生がかつて「わからないことがわからない、というのは日本人の知性の泣きどころであるらしい」と言っていましたが、今後、この "泣きどころ" は教育で克服していってほしいですね。
とにかく「よくわからない言葉」には注意しましょう。
