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アタマでわかっているのとそれを実行・実践するのは全く別のハナシですので「いかにすぐ動けるか」まで考えておく必要がありますね。

[2025.09.30]

先日、院長が 1 年間のスパンで参加している「総合医育成プログラム」 のなかで、"トリアージ & アクション(救急初療)" というワークショップに出席しました。そのなかで、「とにかく救急外来のウォークイン(歩いて救急を受診する患者さんを対応する場)でなにか緊急性があるときはこの歌をうたいましょう!」みたいなフレーズが強調されていました。

「ABC がおかしいぞ 臥位にして バイタルチェックだ ♫ 部屋を移動し OMI ♪」

この字面だけ見てもなんのことやらわからないと思いますが、メロディ付きで覚えやすいフレーズなんです。このフレーズがワークショップのなかで何回も何回も出てきてさすがに参加者(100 名くらいの医師が出席していたと思います)全員、終わる頃にはアタマに入っていたはずです。とても有益なワークショップだったと思います。・・・こういった語呂合わせというか、メロディ乗せのキーフレーズ、なぜ診療の現場で重要なのでしょうか。これを考えるのに最適な古代中国の有名な詩人が出てくるエピソードがあるので紹介します。

随分前に『燕の詩』という、院長のおばあちゃんが大好きだった漢詩を紹介しました(https://hadanokitaurology.jp/blog/%E8%A6%AA%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%8C%E8%AA%AD%E3%82%80%E3%81%B9%E3%81%8D%E6%BC%A2%E8%A9%A9%E3%83%BC%E3%80%8E%E7%87%95%E8%A9%A9)。その作者、白楽天(白居易とも、772–846)にまつわるハナシです。白楽天は中唐を代表する詩人で、仏教に深い関心を持っており、特に禅僧たちとの交流が伝えられています。そのなかでの鳥窠道林(とりか・どうりん、746–833、唐代の禅僧で、名前のとおり「鳥の巣」のような高い木の上に庵を結び、そこに住んでいたことから「鳥窠」と呼ばれました)禅師との対話です。

ある日、白楽天が道林禅師を訪ねて問いました。

白楽天:「仏法の大意とは何ですか?」

道林禅師は即答します。

道林:「諸悪莫作・衆善奉行──すべての悪をなさず、すべての善を行うことだ。」

すると白楽天は笑って言います。

白楽天:「そんなことは三歳の子供でも知っていますよ。」

道林禅師は静かに返します。

道林:「確かに三歳の子供でも知っている。しかし八十の人生経験豊かな老人でもそれを行うことは難しい。」

道林のこの短い回答には禅における 3 つの重要な意味がこめられています。

  1. 仏法の要諦はシンプルである
    難解な理論ではなく「悪を避け、善を行う」という実践が本質。

  2. 知と行のギャップ
    知識として知ることと、実際に行動することの間には大きな隔たりがある。

  3. 禅の生活実践性
    禅の教えは、単なる理論や詩的感性を超え、日常の実践に根差している。

そうです。われわれは「そんなことは知っているよ」ということはいくらでもあります。

「嘘をついてはいけない」

「ごまかしてはいけない」

「目の前のひとに優しくしなくてはいけない」

「約束は守らないといけない」など。

しかし翻って自分の胸に手を当ててみるとどうでしょう。

つい「ちょっとした嘘」をついてしまっていませんか。

都合が悪い相手に「ごまかして」やりすごしていませんか。

機嫌が悪いときなどに親しいひとに「冷たく当たって」しまうことはありませんか。

忙しいからと言って「約束の時間に遅れても仕方ない」と自分に甘くしてはいませんか。

すべて院長自身にもあてはまります。かように「知っていること」と「実践すること」、すなわち "知行合一" というのは難しいことです。

患者さんに生活習慣病の説明をするとき、われわれ医療者はこんなふうに言います。
「間食は控えましょう」「毎日少しでも運動しましょう」「睡眠時間は大切です」──。

これらは誰もが知っている “健康の鉄則” で、小学生でも十分理解できるでしょう。
しかし実際に「毎日三食以外は口にしない」「必ず 45 分くらいは歩く習慣を続ける」「毎日 22:00 までに寝る」などは、医師になって 24 年を経た自分にも難しいもの。「知っていること」と「できていること」との間には大きな谷があります。

だからこそ診療室では、“知識を伝える” だけでなく、“できる環境を整える工夫の提案" までがわれわれの仕事。

  • 体重の記録ノートやアプリを活用してダイエットに小さな達成感を積み重ねる

  • ウォーキングを「通勤の一駅分」など生活に組み込める形で提案する

  • 患者さんだけでなくパートナーも巻き込んで「家族で一緒に睡眠について考えてみませんか?」と認知行動療法へとつなげていく

大切なのは、知識を「行動」に橋渡しするサポートだと思っております。

鳥窠禅師の答えは、決して抽象的なお説教ではありませんでした。
「善を行い、悪を避けよ」──そのシンプルな原則を “日々の実践” に移すことが難しいのだ、という現実を突きつけたのです。

われわれ医療者もまた、患者さんに寄り添いつつ自分自身も「健康のために自分の知っていること実践する」必要があります。診察室で "いかにも不健康" な医者に出迎えられたらきっと患者さんは嫌がると思いますので。

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