ヒトはみな年齢を重ねていきますので、最近の診療ガイドラインでは「高齢者」の項目が追加されることが多いです。
日々診療をしておりますと、よく患者さんからの言葉で耳にするのが
「もう十分長生きしたから」
「自分はいつ亡くなってしまってもいいと思ってる」
「楽しいこともなくて体調もあまりよくないから(命をもう)終わりにしたくなるのが多くなった」
などの、ネガティブな発言です。こういったことを仰る方の年齢は 50 代もいれば 90 代もいて、いろいろな背景があるのですが、われわれは「まあまあそんなことをいわずに・・・」とやんわり否定する方向で対応します。絶対に「そうですよねー」とは言いませんし、そのように思うこともありません。
というのは、以前もブログで書きましたがこういったことを話される方でも実際の心の中はわれわれには見えないからです。たまたまそのとき膝とか腰が痛くて目のかすみが強いタイミングだったのかもしれませんし、家庭で嫌なことがあっただけかもしれませんし。このように、子どもを診療する「小児科」が独立しているように、最近は「高齢者」をわけて考えることが多くなっています。東大や阪大のように「老年病科」などの独立した診療科を持っている大学も増えてきました(むかし母校にもあったのですが、今は「総合診療科」に包含されているようです)。"一般社団法人 日本老年医学会" という、ズバリ!な名前の学会もありますし。
よく、高齢者では 5 つの "M" が重要といわれます。
- Matters Most: 患者さんの "最も大切にしていること" を知る
- Medication: ポリファーマシー問題
- Mind/Mental: 認知能力や うつ などの傾向がないか
- Mobility: 転倒の可能性や歩行能力などの移動に関する問題
- Multi-complexity: "落としどころ" をどうするか難しいことが多い(医学的のみならず社会的背景を考慮)
の 5 つです。こうったことはすべての患者さんでもちろん考えるべきことなのですが、特に高齢者ではより重要なアプローチとなります。そして、これらについて相談するには患者さんだけでなく、そのまわりにいらっしゃる "支えるひと" とも相談する必要があります。医療の現場ではしばしば "キーパーソン" と呼ばれます。
キーパーソンの役割としては以下のようなことが挙げられます。
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意思決定のサポート
高齢の患者さんでは、自分で治療方針を理解し判断することが難しい場合があります。その際、キーパーソンが本人の思いや価値観を汲み取り、医療者と相談しながら最適な選択をすることが求められます。 -
生活支援の実行者
入院している場合などは退院後の薬の管理、食事療法、そして外来管理となったあとは通院の付き添いや送り迎えなど、診療は診察室内だけで完結しません。日常生活を支える存在として、キーパーソンはさまざまな生活支援者となります。 -
心理的サポート
病気を抱えることは患者さん本人にとって大きな不安や孤独を伴います。その気持ちを受け止め支えることで、治療への意欲や生活の質が大きく変わってきます。
あとは、これはあまりはじめから強調することではありませんが、高齢の患者さんでわれわれは常に心のどこかで「この患者さんの予後(今後どういった経過をたどるか)から推測すると、あと ◯◯ 年(ケースによっては ◯◯ ヶ月のときも)くらいで亡くなられると思われるが、そのときに備えてどんな準備をすべきか・・・」みたいなことを考えるものです。そんなとき、「もし急に状態が悪くなった場合に病状や見通しを本人に代わって説明する相手」としてのキーパーソンの役割もあります。
今後さらに高齢者は増えていく日本。高齢者医療はますます重要性を増していくと思われます。「高齢者医療」としての知識や技術はしっかりと勉強しないといけませんが、同時に「高齢者」として過剰に一括りにせずにひとりひとりの "Matters Most" に目を向けて人生の終盤をご自身らしく生きるお手伝いをさせていただければと思っております。院長もあと 20 年もすれば立派な高齢者だし。
