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フレミング博士が発見したときペニシリンは黄色ブドウ球菌を退治できましたが、現在はもう難しくなりました。

[2025.07.24]

AMR という言葉を聞いたことがあるでしょうか。AntiMicrobial Ressistance(薬剤耐性)の略で、「抗菌薬が効きにくくなること」です。これは細菌が従来の抗菌薬に対する抵抗力を獲得することで生じ、感染症の治療を非常に難しくするものです。ある報告によると、「2015 年に AMR による死亡者数は世界中で低く見積もって 70 万人」とカウントされています。比較の例として、世界全体で交通事故死亡者が 120 万人、がん による死亡者数が 820 万人とされているので、まだまだ AMR で亡くなる人数というのはそこまで多くない、と思うかもしれません。しかしこの AMR に対して何も対策を講じない場合、2050 年にはその死亡者数が 1000 万人を超えるという試算がなされています。ものすごい数です。

そんな薬剤耐性、実は(昨日紹介した)フレミング博士がペニシリンを発見し、それが実用化されてから 10 年くらいで早くも出現しています。そのことを簡単に紹介しましょう。

フレミング博士がペニシリンを発見したのは、偶然の産物でした。実験室のシャーレに偶然生えてしまった青カビが、シャーレ内の黄色ブドウ球菌コロニーを溶解していたのです。そう、フレミング博士がはじめてペニシリンを発見したときに培地で育っており、ペニシリンによる抗菌効果が認められた細菌は黄色ブドウ球菌でした。

実用化の初期ではペニシリンは特に次のような細菌(グラム陽性球菌と呼ばれます)に有効でした。

  • 黄色ブドウ球菌

  • レンサ球菌

  • 肺炎球菌

  • 腸球菌

これらの細菌は、創傷部感染や肺炎など、戦時中の医療でも問題となる感染症の主要原因菌でもありました。これまで人類は抗菌薬という武器がなかったところに突如現れた強力な助っ人、ペニシリン。当時の黄色ブドウ球菌はペニシリンにより面白いように退治でき、多くの命が救われました。これによりペニシリンは「奇跡の薬」と呼ばれるに至ります。

しかしながら、ペニシリンの大量使用が始まってからわずか数年後(1950 年代)には、すでにペニシリン耐性黄色ブドウ球菌が出現し始めました。昨日も紹介しましたが、フレミング博士自身も 1945 年のノーベル賞受賞講演で、次のように耐性菌の出現に対する警鐘を鳴らしています:

「十分な量でなければ、細菌に対して刺激となって抵抗力を育ててしまうことになる。将来、薬剤耐性菌が現れ、人類を苦しめることになるかもしれない。」

この予言はまさに現実のものとなり、ペニシリンの乱用など、不適切使用によって薬剤耐性菌が世界中で拡大していきました。

現在、われわれの臨床で黄色ブドウ球菌をターゲットにして抗菌薬を選択する際、ペニシリン系を検討することはまずありません JANIS(厚生労働省院内感染サーベイランス事業; Japan Nosocomial Infections Surveillance の略) という都道府県別の院内感染起因菌の耐性状況を見られるサイト(https://janis.mhlw.go.jp/index.asp)があるのですが、それを確認しても、黄色ブドウ球菌 21652 株のうち 72% ではペニシリン G は耐性です(下図)。

ただ一方、連鎖球菌、肺炎球菌、腸球菌とは現在においても十分ペニシリン G で戦うことができます。不思議ですね。AMR が形成されるメカニズムというのは複雑怪奇で、「なぜ耐性ができるか」というのを明確に説明するのは難しいのです。

ただ、「とりあえずこうしたほうが良いよ」ということは以下のようなことです。

  • 必要なときに、必要な薬剤を、必要な期間だけ使う(ウイルス感染に抗菌薬を出さない(例:いわゆるかぜ(急性上気道炎、これはほとんどがウイルスが原因です)に抗生物質))

  • 感染症専門医や薬剤師による処方管理

  • 感染症そのものを予防(例:肺炎球菌ワクチンなど)

  • 手指衛生や環境管理を徹底

  • 製薬企業の投資を促す政策(利益確保が難しい抗菌薬分野の支援)

  • 廃用となった抗菌薬の再評価(例:コリスチン(一度発売中止に追い込まれたものの、最近あらためて他の抗菌薬で効果の期待できない多剤耐性菌感染症の治療薬として臨床使用される価値があるとされ、再度承認されました))

ペニシリンをはじめとする抗菌薬は、近代医学の象徴であると同時に、「ヒトの行動によりその価値を上げも下げもしうる」存在でもあります。大きな武器であっても、その後の使い方次第で希望にも脅威にもなる――それを博士は約 80 年前にすでに予見していたのかもしれません。

院長をふくむ実地の臨床医が「抗菌薬を適切に使う」、という小さな行動の積み重ねが、未来の医療を守るための第一歩となります。ペニシリンに救われた歴史を忘れず、次の世代に持続可能な医療を残すため、今こそ行動が求められています。「秦野北クリニックってあまり抗菌薬ださないなぁ」と思われる方がいるかもしれません。それは上記のような背景があることを知っておいていただければ幸いです。

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