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一般的ですが、医師が診療中不用意に口にしない用語が ◯◯◯ です。

[2025.09.23]

あるとき腹痛の 40 代男性患者さんが来院され、ややツラそうですがおひとりで歩いて来院。受付や看護師から「ややツラそうです」と報告を受けました。そして来院から 30 分ほどしたところでその患者さんが診察室へ。そこでこんな会話が繰り広げられました(架空の症例です)。

患者「先生、昨日息子とふたりで焼肉屋に行ったんです。店員が『焼くのはプロに任せてください』って言って焼いたものが出されるお店です。少し生焼けかな、みたいな肉もあったのですが、担当のひとが『美味しい肉はそのくらいで焼きすぎないようにしたほうがよい』というのでそのまま食べました。でもそのあと昨日から今日にかけての夜中からふたりそろってお腹をこわしました。間違いなく食中毒です!今日はこの腹痛のせいで会社に行けず、子どもは現在妻が小児科に連れて行っているので午前中学校を休む羽目になっています。とりあえず自分の会社提出用に “食中毒にかかっている” っていう診断書を書いてください!」

医師「なるほど。親子そろって夜中に…大変だったでしょう」

患者「そうなんですよ!ふたりともお腹がゴロゴロ言っててゲッソリなんです!」

医師「確かに同じものを食べて、同じタイミングで症状が出たとなると “食べ物が原因かな?” と考えるのもわかります。ただ、“食中毒” を確定させるためには必要な手順が 4 つあります。今回の場合はまず、

(1) われわれ医師がそれを疑うような症状やエピソードなどがある、と判断して保健所に連絡

(2)  次に保健所の職員が調査

(3) 原因特定(このとき、医療機関で採取した便などから同じ細菌、かつ同じ DNA であるかチェックします)

(4) 保健所から施設への行政処分(営業禁止・停止など)と衛生指導

という流れになります。簡単に言うと保健所の検査で特定の菌やウイルスが見つかり、それが今回症状と強く関連している、すなわち物的証拠が揃って、“このお肉が犯人である可能性が極めて高い" ことが 示せないと、公式には “食中毒” とは呼べないんです」

患者
「えー、でも絶対あのお肉ですよ!じゃあどう書くんですか?」

医師
「医学的にいま言えるのは “急性胃腸炎” でしょうか。“お腹が調子悪い” という症状に基づく診断です。ただし、急性胃腸炎というのは "除外診断" というのですが、あまり積極的につける病名ではなく、いろいろな病気を想定したけどそれらとは異なるようなので、まあこれでしょう、くらいの病名ですので数日後までの経過によって病名が変わることも十分ありえます」

患者「なるほど…。つまり “容疑者・焼肉” っていうことくらいしか言えない、ってことですね」

医師
「まあそんなところでしょうか。“焼肉容疑者” は可能性としてはあるかもしれませんが、まだ逮捕状は出せません。まずは診察や検査が必要かどうかもう少しお話を聞かせてください」

患者「(少し不満げな感じもあるが)わかりました。それでお願いします」

・・・さて、いかがでしょうか。腹痛の患者さんがときどき「食中毒」という言葉を使うことがありますが、食中毒患者とは、食品衛生法第 58 条「食品、添加物、器具若しくは容器包装に起因して中毒した患者若しくはその疑いのある者」と定義しされており、食品とその付属物に中毒物質の原因を追及する必要があります。公共性の高い場合には行政による介入があり、その結果によって行政処分が行われることもあります。すなわち「営業停止 14 日」とか、個人経営の飲食店の場合、今後の営業継続がかなり難しい厳しい処分になることもあるので、われわれ医師は慎重すぎるほど慎重にその対応を行います。

また、食中毒は飲食店での生食や生焼け肉などを想定しがちで、令和元年の統計だと確かに飲食店が 65% と最多なのですが、家庭でも 17% と少なくない頻度で発生しています。「食中毒? 自分は胃腸が強いから大丈夫!」と豪語する方もいますが、細菌やウイルスは体調が悪い人や免疫力が弱いひとを狙い撃ちします。特に高齢者や小児がいるご家庭は気をつけるようにしてください。よくいわれるのは、食中毒予防の三原則、「つけない」「ふやさない」「やっつける」です。

原則 1:「つけない」⇒ 細菌やウイルスを食べ物につけないこと。具体的には「こまめな手洗い」「生肉と野菜などは別々に切る」

原則 2:「ふやさない」 ⇒ つけない、で予防してもゼロにはできません。そこで大事なのが「ふやさない」。つまり細菌が大繁殖しない環境をつくること。具体的には「冷蔵庫は 7 割収納で冷却効率を保ち、細菌増殖しづらい環境づくり」「10 ℃ 以下ですと多くの細菌が冬眠モードになるので、食材はできるだけ早く冷蔵庫や冷凍庫へ」「作り置きは時間との勝負なので夕飯のカレーなどを翌朝の朝食にもう一度食べるとき、常温放置は NG(カレーは「ウェルシュ菌」という耐熱性のある菌が増えやすいメニュー。再加熱しても完全には退治できないこともあります。小分けにして冷蔵庫へいれましょう)」「お弁当の落とし穴として、たとえば夏場のお弁当に生野菜や半熟卵を入れてしまうと……午後には小さな培養キットになってしまうことがありますので冷凍食品や梅干し、酢の物など「菌が嫌がる食材」をうまく取り入れましょう」。

原則 3:最後は「やっつける」。つまり加熱や消毒で菌を退治することです。具体的には「75 ℃で 1 分以上」「アルコールと熱湯の合わせ技(まな板や包丁は、洗剤で洗った後に熱湯をかければ安心感倍増)「電子レンジも侮るなかれ(実は電子レンジ加熱はムラができやすいですが、ラップをかけて蒸気を逃さないようにすれば効果的です)」

ただ、食あたりは日々の何気ない生活のなかでどうしても起こってしまうもの。もし万が一、下痢・嘔吐・発熱などを自覚したら、「水分補給」と「早めの受診」が鉄則です。特に高齢者や小児では簡単に脱水が重症化しやすいので要注意ですよ。

これだけいろいろ書いてきましたが、院長は全くといっていいほど料理ができません。いつも作ってくれる妻と娘と息子に心から感謝しております。食の安全は家族の安全です。

 

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