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三田紀房という漫画家さんは様々なジャンルに次々と挑戦して面白い作品に仕上げますね、その姿勢はぜひとも学びたいです。

[2025.07.21]

三田紀房さんという漫画家さん、ご存知の方も多いと思います。有名なのは『ドラゴン桜』ですが、ほかにも院長が好きな作品を数多く世に送り出しています。キレイ事では勝つことは難しい、高校野球のリアルに迫った『砂の栄冠』、甘い考えで就職活動に入った大学生に "この世の真実" を身を以て教え、社会に出るということはどういうことかを教える『銀のアンカー』、優秀な中学生が投資部に入り各学年トップの先輩と部活動しながら学校の運営資金を稼ぎ、資本主義社会であるこの世の中の "ありよう" を学ぶ『インベスターZ』。どれも若い方々に一度は手にとってほしい作品です。

そんな三田先生の『アルキメデスの大戦』を最近読み進めています。東京帝大で学んでいた天才数学者・櫂直(かい ただし)が主人公で、物語は満州が帝国となり、溥儀が皇帝として即位した 1934 年、ひょんなことから海軍に所属するところから始まります。彼は自らの超人的な数学的知識と実行力で巨大戦艦「大和」の建造計画に異議を唱えてその後・・・みたいなハナシです(是非読んでみてください。映画化もされたようですがそれはまだ観ていません)。これは単なる戦争漫画でもなければ、ミリタリーエンターテインメントでもありません。この作品の本質は、「理屈が通らない組織において、合理と情熱をもった人間がどのように抗うのか」を描いた、壮大な" 組織論" であり "意思決定の物語" のように院長にはうつります。戦前の日本軍の行動や組織体質を描きながら、最終的に敗戦へと突き進むプロセスを見せる本作を読むと、現代のわれわれ、特に医療に携わる者にとっても無関係とは言えない教訓が詰まっていることに気づかされます。

物語の中で海軍は、莫大な国家予算をかけて戦艦「大和」の建造を進めようとします。櫂直はそれに異を唱え、航空戦力充実の重要性を訴えますが、当時の組織は「巨大戦艦こそ国威の象徴」「これまでやってきたことを変える必要はない」という固定観念に支配されていました。

この構図は、現代の医療現場における「高額医療機器の導入」や「最新薬剤への過信」に通じるものがあります。例えば、がん治療において高額な費用をかけ抗がん剤治療や陽子線治療を行う一方で、地域の緩和ケアや介護には十分な予算がつかない。あるいは、電子カルテや AI システムの導入には予算をつけるが医療に不可欠な "ヒト"(医師や看護師をはじめとする医療スタッフ)が努力の末身につけた知識や技術に対するインセンティブを評価する予算はつけない。重症な患者さんを多く診て、「赤字覚悟」の診療を必死に行っている大病院(大学病院や 500 床を超えるような地域の大きな基幹病院)に対する優遇措置はほとんどない、など。

つまり、国家や医療機関のリーダーシップが「本当に何が患者の利益になるか」を見誤ると、資源の配分は容易に歪みます。それは、巨大戦艦にこだわった末に航空戦力の台頭に対応できなかった日本海軍と同じ構図、なのかもしれません。『アルキメデスの大戦』で印象的なのは、櫂がどれだけ理詰めで説明しても、軍上層部がそれを「非国民的」あるいは「軍人ではない者の暴論」として退ける場面です。論理よりも空気、データよりも主観、そして「上意下達」の絶対的なヒエラルキーが貫かれています。

この状況は、残念ながら現代における医療を含む様々な現場でしばしば目にするもののように思えます。たとえば、看護師や研修医が「現場ではこの対応は機能していない」と思っていても、それがなかなか病院幹部や行政にまで届かない。また、データに基づいた改善提案が「前例がない」「問題が起きたら責任が取れない」という理由で却下される。映画のなかで青島警部補が「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!」と言ったのはもう 27 年前の 1998 年ですが、なかなかこういった "組織の停滞感" みたいなものは日本社会から拭えていないような気がしています。 

硬直化した組織では、下からの声が握り潰され、変化は拒まれます。しかしその代償は、患者の不利益、スタッフの疲弊、そして最終的には制度全体の崩壊へとつながります。これは様々な意見があるものの「米国・支那と同時に戦争して戦線を無秩序に拡大していき最後は負けるべくして負けた」戦前の軍の姿と重なります。

作品中で、軍や政府は大衆に対して情報を開示せず、都合の悪い事実は隠蔽され、プロパガンダが優先されます。実際、敗戦が濃厚になっても「神国日本のために神風が吹いて必ず勝てる」という希望的観測というにはあまりにも望み薄な意見を軍人が声高に叫ぶことはあったそうです(滋賀県に疎開していたおばあちゃんが生前よくそう言っていました。銃後の女性たちは心のなかでは「それは難しいだろう」と思っていた、とも)。

真実を語ることは勇気が要ります。特にわれわれ医療者は、患者さんやその家族に本当のことを言わなければいけないときには大きな負担を感じることもあります。しかし、これまでの経験で言えば、伝え方を誤らず、ある程度時間をかけて誠実にお伝えすれば、どんな方でも理解してくれることがほとんどです。そんなとき、大変現場で直接患者さんに接するスタッフをしっかりとサポートし、そのような "サポートしてくれている感" を実感できる上層部であったら非常に強靭な組織になる気がします。そのため当院では求人に応募してくれた方々すべてに必ず伝えているのが「当院は "スタッフを守る" ことを約束します」というひとこと。きちんとルールやマニュアルに従って動けば院長が自分を守ってくれる、という安心感をもって仕事をしてもらいたいからこその言葉です。

『アルキメデスの大戦』の主人公・櫂直は、もともと軍人でも政治家でもなく、あくまで「外部から来た数学者」であり、既存組織に染まらないからこそ真実を見抜き、声を上げることができました。現代の医療においても、いわば“櫂直”のような存在、たとえば、医療経済の専門家、データサイエンティスト、AI技術者、法律家、そして患者さんご自身。医療者だけの視点では見落としがちな「構造の問題」や「システムの非効率」を、外部の視点で見つめ直すことは必要でしょう。

しかし同時に、現場の医師や看護師、薬剤師が、まずは目の前の患者さんにとって医療の観点から「良い」と思われる医療を提供し、彼らを上層部はもちろん、社会全体がきちんと評価をする。複雑な評価項目ではなくシンプルに「患者さんのためになっているか」(まあ、これを評価するのもそんなに単純ではないことは知っているのですが)、というただひとつのモノサシが、まずは医療では優先されてもよいように思います。

『アルキメデスの大戦』は、組織のあり方、リーダーシップの本質、そして「合理と情熱のせめぎ合い」という普遍的なテーマを与えてくれたような気がしましたのでだいぶ議論がとっ散らかってしまいましたが、私見を述べてみました。

まあ、小難しいこと考えずに読んでみてください。参院選で少数与党となった自公政権が今後どうなっていくかわかりませんが、歴史を学ぶことは未来を予測する手がかりになるはず。少しだけ世の中の先の見通しがよくなるかも知れませんよ。

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