中学校剣道部顧問の先生に長年心の奥に淀んでいたお詫びの気持ちを 35 年ぶりに伝えることができ、荷が降りた件。
昨日はだいぶ昭和から平成へのつなぎ目あたりのことを愚痴ってしまいました。中学時代は悪いところばっかりではなかったんですよ、念のため。あと、院長も若かったので多くの "明らかに自分が悪い" と思われる失敗もしました。そのうち、おおきなひとつを今回は紹介したいと思います。平成 2 年、つまり1990 年のことです。
当時 1 学年上は男子も女子も強豪で、茅ヶ崎市ではどちらもだいたいベスト 4 は確実、湘南地区大会もたいてい勝ち上がって県大会でどこまで行けるか、みたいな雰囲気でした。剣道競技は団体戦・個人戦がありますが、盛り上がるのはやはり団体戦。順番に「先鋒・次鋒・中堅・副将・大将」の 5 名がそれぞれ相手と戦う(勝ち抜き戦ではない)方式で、要するに「3 人勝てば勝利。引き分けも絡むので結構もつれることあり」という総当たり戦です。
そんなある茅ヶ崎地区大会の日。男子は午前中の早い時間でリーグ勝ち抜きを決め、あとは午後のトーナメントで 1 回以上勝てばよい(しかも、油断しなければちゃんと勝てる相手)、という状況でした。当時院長は 2 年生ながらレギュラーではないものの、補欠 2 名のうち 1 名に選出され、1 学年上のレギュラーメンバーと帯同して動いていました。残っているのは女子団体戦の予選リーグです。
上で述べたように、女子も強豪でしたので「どうせ予選リーグは余裕で突破するだろう」、と勝手に思い込んでいました。その女子が試合をしている最中、院長は応援席にいました。通常、応援するときは試合会場のすぐそばまで行って座って(特に先鋒戦・大将戦では正座して)拍手で応援する、というのが当然の作法でした。しかしながら院長は体育館の観客席で、先輩と「花札」をしていたのです。
自分と同じ剣道部の仲間が、学校の代表として戦っている。その同じ空間で、応援もせず、緊張感もなく、観客席で遊んでいる。しかも反社につながるような雰囲気を持っている「花札」に興ずる。これはもう、礼儀以前の問題だったと思います。剣道は「礼に始まり、礼に終わる」と言われる武道なのに。
やはり天網恢恢疎にして漏らさず。その様子を、寒川東中学校剣道部顧問の先生に見つかってしまいました。その先生は院長が所属していた剣友会にもときどき稽古に来られる、院長のことを知っている方だったせいか、ものすごい形相で「おい!お前ら公式戦の会場で何をやってるんだバカモノ」と言われたのを覚えています。怒られて当然です。試合会場で道着を着たまま稽古をつけたことのある中学生が、仲間の試合を応援もせずに観客席で花札。公式戦に。見つからない方がおかしいですし、見つかったら問題にならない方がおかしい行動でした。
そしてそのことは自分の学校の顧問の先生に伝わりました。当日は特に何も言われなかったので、大会終了後に顧問の先生どうしのつながりで伝わったのだと思います。
翌日。昨日も話したように顧問の先生が朝練のときに通ってくる校門に一列で並んで出迎えたわれわれのところに、憤慨した表情でつかつかと歩いてきた先生は、こう言いました。
「昨日、男子で試合中にやってはならないことをしているやつがいるな。自分でわかるだろう。一歩前に出ろ」
おそるおそる、寒川東中の顧問先生にみつかったときにその場にいた先輩 4 名、同期 2 名と院長の 7 名が前に出ました。
・・・その結果、全員が体育教師であった顧問の先生渾身の力を込めたビンタを喰らいました。院長は 6 人目だったことを今でも覚えておりますが、かけていたメガネが吹っ飛び、フレームが曲がってかけられなくなってしまいました。
今の時代において、体罰は許されるものではありません。教育や指導の場において、暴力で物事を教えることを肯定するつもりはまったくありません。叱ることと、手を上げることは別です。子どもであっても一人の人間であり、その尊厳は守られるべきでしょう。しかし、叱られた理由そのものについては、こちらに全面的な非がありました。そしてこの顧問の先生は院長が 3 年生になると同時に他校へ転勤されていきました。
そんなこともあり、14 歳に最後にお別れさせていただいてから、ずっと心のなかに「先生にあのときのことを謝らなければ」という思いがずっとありました。
試合に出ていた同期に対して失礼でした。
応援していた仲間に対して失礼でした。
引率してくださっていた先生方に対して失礼でした。
そして何より、剣道という礼儀を何より重んじる武道そのものに対して失礼でした。
しかしながら、先日 35 年ぶりに顧問の先生と直接お食事をする機会に恵まれ、
「あのときは本当に申し訳ありませんでした!」
と 35 年越しでお詫びすることができました。
謝ったからといって、過去が消えるわけではありません。当時の自分の態度がなかったことになるわけでもありません。試合をしていた同期に失礼だった事実も、壊れたメガネも、すべて過去の出来事として残っています。
それでも、謝ることができてよかったと思いました。
ヒトは若いころにたくさん失敗します。
その失敗の中には、時間がたてば笑い話になるものもあります。一方で、何年たっても心の奥に小さな棘のように残るものもあります。そして、その棘は、誰かに責められ続けているから残るのではありません。自分自身が、自分の未熟さを知っているから残るのだと思います。今回の謝罪までにはずいぶん時間がかかってしまいました。
けれども、時間がかかっても、謝れる機会があるなら謝った方がいい。そう思うのです。
最後に。壊れたメガネをおばあちゃんが買い替えてくれたのですが、さすがに「剣道の大会女子試合中に花札やってて見つかって顧問にビンタされた」とはとてもいえず、「剣道の会場で誰かに踏まれた」みたいなウソをついてしまいました。優しいおばあちゃんは何も言わずに新しいメガネを買ってくれました。当時メガネは高かったのに(5 万円くらいはしたはず。Zoff とか JINS とかない時代なので)。剣道では「礼に始まり、礼に終わる」。35 年たって、ようやく少しだけ、その重みが分かるようになった今、おばあちゃんが亡くなるまでにこのときのことを白状できなかったことが心の底に淀んでいます。もし自分の命がなくなっておばあちゃんに会えたら。まずは「あのときウソついてごめんなさい」と言おうと思います。そう思うと少しだけ死をおそれる気持ちが薄れる気がしました。
※写真掲載について先生の許諾を頂いております。
