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久しぶりに 20 世紀末の映画を観直したら 21 世紀に起こるかもしれないバイオテロにまで思いが広がりました。

[2025.10.04]

昨日久しぶりに鈴木光司のホラー小説を原作とした映画『リング』を(少しプライムビデオでスキップしながら)視聴しました。若い松嶋菜々子さんのほか、まだ高校生くらい?の竹内結子さん(『チーム・バチスタの栄光』などでの演技が自然で好きでした)が出演しており、映像媒体が DVD・USB・ストリーミングではなく VHS ビデオ(!)というところも時代を感じさせました。ああ、あと『孤独のグルメ』主演の松重豊さんが出演しているのをはじめて気づきました(はじめて観たときはこの方がこれほど有名になるとは想像しませんでした)。

いろいろレトロ感はありますが、久しぶりでも院長にとっては「十分観せる映画」でした。貞子の怨念と天然痘ウイルスが合体した「リングウイルス」という、バイオテロの恐怖を思わせるようなストーリーだからです。医者としてはこのバイオテロ的なハナシは気になります。というのは、われわれのような "街のクリニック" にはいろいろな疾患の「初期症状」を呈する患者さんが来院するため、「単なる発熱」の患者さんが実は「◯◯ 病だった」なんてことがありうるからです。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、このようなバイオテロに利用されうる病原体を 3 つのカテゴリー(A・B・C)に分類して警鐘を鳴らしています。これは、バイオテロに使われる可能性のある病原体を「公共の健康に深刻な影響を及ぼすかどうか」「広範囲なパニックや社会的混乱を引き起こすかどうか」「人から人への感染があるかどうか」などの観点から評価しています。カテゴリー A に分類される病原体は、以下のようなものが代表的です。

  • 炭疽菌(Bacillus anthracis)
     土壌中に存在するグラム陽性の芽胞形成菌で、感染形態により皮膚炭疽、肺炭疽、消化管炭疽に分類されます。特に肺炭疽は致死率が高く、吸入によるバイオテロ手段として最も警戒されています。

  • 野兎病菌(Francisella tularensis)
     非常に感染力が強く、少量の吸入でも重篤な肺炎を起こすことがあります。自然界ではウサギやノミを介して広がることが知られています。

  • ペスト菌(Yersinia pestis)
     中世ヨーロッパで猛威を振るった「黒死病」の原因菌として知られています。現代でも肺ペストが吸入によって人から人へと広がるリスクがあり、テロリズムの手段としての懸念があります。

  • ボツリヌス毒素(Clostridium botulinum)
     神経毒として非常に強力であり、呼吸麻痺を起こします。毒素そのものが武器化されることもあるため、生物兵器の代表例とされています。

  • 天然痘ウイルス(Variola virus)
     1980 年に撲滅されたものの、研究用に保管されている株が悪用される可能性があるため、依然として警戒されています。

これらの病原体の多くに共通するのは、感染初期には非特異的な症状が多く診断が遅れること、そして治療が遅れると致死的になりうることです。そのため、発症が疑われた段階で即座に広域抗菌薬を投与する「エンピリック治療」が重視されます・・・と書くのは簡単ですが、そんなことが可能か、その点を『リング』などを観ると気になってしまいます。

ところで、これらのバイオテロを考えるとき、われわれが外来でも使用できるレボフロキサシンという抗菌薬が話題に上がることがあります。この抗菌薬は非常に使いやすい(1 日 1 回の内服)ために 1990 年代からある意味 "濫用" され、多くの耐性菌を生んでしまった(優秀なのに現在第一選択としてはあまり使われるべきではないとされる)抗菌薬です。その特徴として、グラム陽性菌、陰性菌、さらには一部の非定型病原体にも有効(結核にも "少し" 効いてしまう)という広域スペクトラム(いろいろな幅広い細菌に有効性をもつこと)を持つということです。

このレボフロキサシンがなぜバイオテロ対策として話題に上がるのでしょうか?その理由として、「炭疽菌感染に対する治療・予防効果」があるのです。CDC は炭疽菌吸入に対する第一選択薬をシプロフロキサシンとしていますが、レボフロキサシンも有効なんです。実際に 2001 年にアメリカで発生した炭疽菌郵便テロ事件では、シプロフロキサシンとともにレボフロキサシンも使用されました。また、野兎病やペストといった他のカテゴリー A 病原体に対しても、レボフロキサシン感受性ありとされており、「広域かつ即効性のある抗菌薬」として非常に心強い存在となっています。

こういった背景から、バイオテロ対策においてレボフロキサシンは「国家備蓄薬(Strategic National Stockpile)」の一部として、米国政府が大量に保管している薬剤のひとつと言われています。これは、大規模な生物兵器テロが発生した際、すみやかに国民に配布するための準備です。

私たちが日常的に用いる抗菌薬が、実は非常時の国家防衛の一端を担っているという事実は、意外に思われるかもしれません。しかし、感染症の拡大は時に社会の秩序そのものを脅かす力を持っています。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経験した私たちは、感染症対策の重要性を改めて実感しました。

レボフロキサシンは日常診療においても、尿路感染症、呼吸器感染症、皮膚・軟部組織感染症などの治療に広く使用される薬ですが、同時に国家規模での危機における防衛手段です。これまでブログで何回も紹介しましたが、"多剤耐性菌" 発生予防のためにこういった大切な抗菌薬を適正使用したいですね。いつもわれわれの医療を土台から支えてくれる縁の下の力持ちである抗菌薬の存在に感謝しながら。

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