人類にとってメチャクチャ大きな武器を発見してくれたフレミング博士に感謝して本日も膀胱炎に対してセファレキシンや ST 合剤を処方してます。
ほんの 150 年くらい前、怪我をしてやむなく四肢切断、とかなってしまうとその手術中または術後の死亡率は 50% を超えることがしばしばでした。要するに「手術は 2 人に 1 人は亡くなる、まさに "命がけ" の治療だった」ということです。では直接的な死因はなにかというと、出血ではなくほとんどが感染症でした。当時は消毒・洗浄の重要性がまだわかっておらず、もうひとつ、現在は "アタリマエ" に使えるあのクスリがまだ開発されていなかったからです。
そう、それが抗菌薬です。
抗菌薬は医療の歴史を変えた「奇跡の薬」と言っても過言ではありません。今でこそ肺炎、髄膜炎、腎盂腎炎などを引き起こす細菌感染症に対しては抗菌薬が標準治療となりましたが、100 年前にはそんな薬は存在しませんでした。刃物でどこかを切ってしまい、創部に細菌が感染して菌血症・敗血症をに至れば命を落とす。当時はそれを防ぐ良い方法がなく、細菌感染は本当に恐ろしいものでした。
この状況を打破したのがアレキサンダーフレミング博士。彼は第一次世界大戦の間にフランスの野戦病院スタッフとして従軍し、その後はブローニュのイギリス陸軍病院細菌研究施設で研究に従事しました。こういったなかで、軍人が罹患するガス壊疽や壊死性筋膜炎などの致死的な感染症症例を多く経験したのち、戦後はセント・メアリーズ病院における感染症の治療成績を改善する薬剤探索に情熱を注ぎました。
そんなフレミング博士が 1928 年、大きな発見をします。
ある夏の日、フレミング博士は長期休暇から研究室に戻ってきました。いつもなら細菌の培養皿はしっかり管理されているはずなのですが、その日は様子が違っていました。一部の培養皿にカビが生えていたのです。普通なら失敗実験として廃棄されるところを、フレミング博士はふと気づきます。「あれ、このカビの周囲だけ、ブドウ球菌が死滅しているぞ……?」
この「偶然の観察」が、ペニシリン発見の始まりでした。
フレミングはこの新発見の重要性を認識し、1929 年 6月号の British Journal of Experimental Pathology 誌でペニシリンに関する報文を発表しました。現在、この論文はフリーで読むことが可能です(下写真)。このカビは「ペニシリウム・ノタタム」という菌種で、そこから抽出された物質が周囲の細菌を死滅させていたのです。フレミング博士はこれをアオカビの属名である Penicillium にちなんで「ペニシリン」と命名し、細菌に対して選択的に作用する初の抗菌薬として研究を進めました。とはいえ、当時の技術では大量生産や安定した精製が難しく、すぐに医療応用できる状態にはならず、実際にペニシリンが医療現場で使用されるようになるのは 10 年以上の時間を待たなければいけませんでした。きっかけは第二次世界大戦です。
第一次大戦に次ぐ大戦で、負傷兵治療のため英米政府は感染症に有効な薬物の大量生産、すなわちペニシリンの実用化と量産を目指すようになります。そのなかでハワード・フローリー博士とチェイン博士というふたりの化学者が、フレミングの研究を基にペニシリンの抽出と精製、そして工業的な大量生産の方法を確立していきました。アメリカでは農務省や製薬会社が一丸となり、トウモロコシの副産物などを用いたペニシリンの培養技術を急速に進化させ、ついにはノルマンディー上陸作戦(D-Day)に間に合わせて前線に供給することができたのです。これによって、戦場の感染症による死亡率は劇的に低下しました。
ペニシリンの発見と実用化によって、フレミング博士はフローリー博士・チェイン博士とともに 1945 年にノーベル医学生理学賞を受賞します。喜びに沸く講演の場で、フレミング博士はこんな言葉をを残したと言われています。
「もしも誰かがペニシリンを少量だけ使い、しかも中途半端に治療をやめたとしたら、細菌に耐性が生まれるかもしれない。」
これは、まさに現代の抗菌薬耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)問題を先取りするかのようなメッセージでした。フレミング博士は、自らの発見がもたらす恩恵だけでなく、その乱用・誤用による危険性も理解していたのかもしれません。
明日はこのフレミング博士の言葉がもつ意味を早くも人類が思い知った、というエピソードを述べてみたいと思います。
「戦争は悪!」「戦争絶対反対!」これはよくわかります。院長も基本的にはそのとおりです。しかし、暴論かもしれませんが、第二次世界大戦がなければペニシリン、引いては抗菌薬が現在のように発展・普及することはなかったと院長は思います(だからといって戦争をすべて肯定するわけではありませんよ)。どんな物事にもオモテとウラがある。そんなアタリマエのことを改めて知らされるのが歴史を知る醍醐味のひとつ。だから院長はいろいろな物事の歴史を知ることがやめられず、日々関連の本が増えていくわけです(本日はアマゾンで『新九郎、奔る!』の最新 20 巻をポチっとしました)。
(Fleming, A. Br J Exp Pathol. 1929, 10 (3): 226-236)
