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何年経っても覚えている 1997 年 8 月のふたつの出来事。

[2025.11.11]

1997 年のハナシをします。

当時は大学 3 年生。大学のある文京区に一人暮らしをしておりました。当時東京医科歯科大学の 3 年生は午前中に講義、午後に実習(解剖学・組織学・生理学など)で、当時午前中の講義はほとんど出席を取らない(取る先生もほんの少しはいましたが人気はなかった)感じだったので、出席率は 30% 程度だったと記憶しております。院長ももちろん 70% の方に入っており、午前中大学に行くことはあまりありませんでした。では何をしていたかというと、家庭教師を 3 つ掛け持ちして教え子の勉強のために手作りの教材などを手書きでひたすら作ったり(Windows 95 はありましたし Mac もありましたがまだパワポ黎明期で使いづらかった(スライドページとノートページが別で面倒でした)ため)、大学へ入るための受験勉強で高校時代にできなかったドラクエなどのスーパーファミコンのゲームを思いっきりやったり、さらには剣道部で週 3 以上稽古で忙しかったり、という感じでした。忙しかった。半日しか大学行ってないのに。さらにさらに東京の山手線内に住んでいましたので新宿でも渋谷でも(30 分以上かかりますが飛ばせば)自転車で行けます。情報や文化が集まる東京という土地に住んでいるからこそ「年間 100 本ライブ(音楽と舞台)にいく!」というやや無謀な目標(結局達成できたのは 4 年生のときだけでした)を掲げていろいろなバンドや芝居を観に行きました。当時は、大人計画の『ファンキー!』観劇中に舞台上でその演技(と松尾スズキさんのあまりにもオリジナリティにあふれた脚本)に釘付けだった宮藤官九郎さんや阿部サダヲさんがこんなにメジャーになるなんて全く想像もできませんでした。

そんななか、1997 年 8 月は今でも院長にとって思い出深い月として残っています。というのは 2 つの大きな出来事があったからです。ひとつめは所属していた剣道部でのこと。確か 8 月の上旬、1 日と 2 日だったか。「東日本医科学生総合体育大会」という、覚えるのが大変なくらい長い大会に参加したとき、予選リーグの団体戦で「5 チーム中上位 2 チームが決勝トーナメントに参加できるが、医科歯科大と筑波大が「チームとしての勝数と分け数」「4 試合トータルの勝数」「4 試合トータルの一本数」ですべて同じの同率 2 位、という極めて珍しいことが起こったのです。大会規則によるとこの場合は代表 1 名が出ての団体戦になります。このとき院長はまだ 3 年で、主将は 5 年生でしたが、チーム内での実力(単に剣道歴が長い、ということとイコールですが)を買っていただき、代表戦選手として試合を行いました。奇しくも、相手も 3 年生。「4 年、5 年の先輩方を差し置いて出ている自分が負けるわけにはいかない」という気負いはありましたがなんとかコテを取って一本勝ちしてトーナメントに進出することができました(トーナメントでは 1 回戦で福島県立医科大学敗退してしまいましたが)。ちなみにこのときの相手は産婦人科に進んだ、筑波大産婦人科ご出身の先生から聞きました。全くの余談ですが。

もうひとつが昨日から紹介している英国のバンド、オアシスが 3rd アルバム『Be Here Now』のリリース。日付もバッチリ覚えていて 1997 年 8 月 21 日でした。1995 年に名盤、(What's the Story) Morning Glory? を発表して 2 年、ファン待望のスタジオアルバムです。とにかく重厚でギター、ベース、ドラム、シンセにリアム・ギャラガーのボーカルが壁のように押し寄せる感じでした。1 曲目の『D'you know what I mean?』はまるでスタジアム・ロックみたいな音が肥大化するような印象で(もうすでにシングル・カットされていて聴いてはいたのですが)その始まりに圧倒され、その後 70 分にもわたる "高級厚切りタン塩" みたいな噛み応えが続く音楽に酔いしれたのを覚えています。なんだか評論家からは「長過ぎる」とか「ノエルのソングライティングがくどい」とか言われて散々だったようですが、院長は全くそんなことは思わず、ひたすら聴いていました。なにより、アルバムタイトルの「今、ここにいる」というなんだか "禅" 的な響き。成功や過去、未来にとらわれず、“現在”を生きることを歌っているこのアルバムが、大学生として未来への希望を抱いていた自分にとって完璧なタイトルでした。ノエルはのちに「タイトルだけは完璧だった」と述懐しているそうです。『Be Here Now』 は、"ブリットポップ"(聞いたことがないという方は wiki で調べてみて下さい) という時代そのものの終焉の鐘でもあり、ここからロックはシンプル化・内省化の方向に向かったと言われています。ゆえにこの作品は “最後の贅沢な暴走” としての価値を持ち続けています。

そしてその 12 年後、オアシスが解散してしまった 2009 年、院長はすでに臨床医として十数年目を迎えて大学病院に勤務していました。ニルヴァーナやスーパーカーを追いかけていた “あの頃の若い自分” は、日々カンファレンスに備えて患者さんのデータを読み、スライドを作り、夜は病棟を回りながら、時折イヤホンから流れる "Slide Away" "Going Nowhere" などに救われていました。忙しい日々のなかで、音楽だけは変わらず、人生のリズムを取り戻すスイッチのような存在でした。

ストリーミングの時代になり、レコードも CD も一度は忘れ去られたかのように見えましたが、気づけばまたアナログ盤が人気を取り戻しており、ビートルズやストーンズのオフィシャルなテープなどは現在大変貴重で高額の取引がされていると聞きます(もちろんアナログ・レコードも)。結局、人は “音” そのものだけではなく、「手に取る感覚」や「聴く時間」を大事にする時間も必要なのだと思います。

診療も似たようなところがあり、AI がいくら進歩しても、人工知能の診断よりも生身のヒト同士で話し合いながら診療をしていく、という “手触り” を感じられるシチュエーションが求められるときは常にあるでしょう。昨今「医療費削減」の方向に進んでいく日本維新の会を与党の一員とする政府はきっと当院のような吹けば飛ぶよなクリニックにとっては厳しい方向で改革を進めていく雰囲気が出ております。確かにこれまで医療は「聖域」として過剰に守られてきた事実は否定できないところです。しかしながら医師の本分である「患者さんと誠実に向き合い、真面目に診療し、常に改善を意識して変化をおそれず学び、変化し続け」ていればなんとかスタッフの給料が出せるくらいの経営状態は維持できるのではないかと愚考しています。

大好きな音楽たち。これからも辛い夜には院長の弱った心を撫でてやってください。よろしく!

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