初診で来られた患者さんを診る機会が多い開業医が日々感じる困難とも醍醐味ともいえる診療手順とは。
最近、いわゆる "医療ビル" で開業医をしている友人が近隣とのトラブルで弁護士さんのお世話になる、ということがあった、と教えてくれました。そのなかで友人は「相談すると 30 分 5,000 円、その後時間が超えるごとに追加料金で、診察で何分話してもかかるおカネが変わらない医者とはだいぶ違うなー、と思った」と言っていました。
そうです。医師は、保険で診療する範囲であれば、「初診料」「再診料」などはあらかじめ決められており、1 分で話を切り上げても 30 分じっくり話を聞いても医療費は一定です。ただ、そのことは患者さんもよくわかっており、患者さんのハナシを傾聴するのが好きな院長は、よく「長く聞いてくれてありがとうございました」とか「次のひともいるのに長く話してしまってすみません」とか「いつもここに来るとついつい喋っちゃうの」とか言っていただけることがしばしばあります。ありがたいこと。
しかしながら、初診で来院された患者さんがいつも「ありふれた疾患」であるならよいのですが、「う〜ん、なんだろうこの症状は・・・」と悩むようなときも少なくありません。原則として、診断が決まらないと、痛み止めや解熱剤はともなく、なかなか根本的な治療は始められません。目的地がわからない状態で目標駅の電車切符を買えないのと一緒です。
そんなわけで、医師の仕事で "診断" というのは極めて重要です。これは若手はもちろん、自分のような中堅(まだベテランとは言われたくない)にとっても同様で、診断というのは本当に難しいと感じます。患者さんも症状も千差万別ですから。今回はそんな診断にまつわるつれづれについて述べてみましょう。
まず、院長は診察室で患者さんと向き合うとき、頭の中は、実はちょっとした “二重構造” になっています。一つは、患者さんの話を聞き、表情を見て、身体のサインをキャッチしようとする「目の前の自分」。もう一つは、その様子を外から俯瞰して「今、自分はどんな聞き方をしているか」「ひとりよがりなバイアスがかかっていないか」を気にしている “もう一人の自分” です。まるで漫画のキャラクターが、コマの外から「この展開、フラグ立ってるな」とつぶやくような――そんな“ メタ認知” の感覚。特に開業医になってより深く感じたことですが、この感覚が臨床の現場ではとても大切です。
そして診断のスタートは、常に問診。イメージとしては、うまく問診して患者さんから症状を引き出すことができればおそらく 70% くらいの疾患はある程度絞り込めると思っています(この部分に弁護士さんのような技術料が考慮されないのは寂しいことですが・・・)。症状の経過や程度など、患者さんはいろいろな言葉を使って教えてくれますが、われわれ医師はそれらをそのまま受け止めるのではなく、医学的に “翻訳” しながら。
たとえば「おなかが痛くて戻してしまう」と言って来られた特に持病や大きな病気・手術をしたことのない 20 代の女性。同じ様なことが 3 ヶ月くらい前から週 2 回くらいあったのが、ここ 2-3 週は 1 日おきくらいにある。痛みは 4-5 時間で消失して、痛くないときは全くなんともない」と言って来られた患者さんがいたとしましょう。この場合、そのまま言葉を受け止めるのではなく
「若い女性(⇒ 腹痛を訴えているけどこれだけで「妊娠など婦人科の可能性もあるぞ)」
「主訴(メインの症状)は腹痛・嘔吐(⇒この 2 つだけだと無限に鑑別診断があるな)」
「症状が 3 ヶ月前から(⇒ 少なくとも数日以内の食事の影響による腸管の感染症はたぶんないな)」
「症状の出現頻度がが最近増加(⇒ 徐々に増大してきた腫瘍、なんて可能性もありうるな、血便とか体重とか聞いてみよう)」
「痛みがないときは "全く" 痛くない(⇒ 器質的(臓器の構造的)な異常ではなく機能的(臓器の働きや作用)な異常か?)」
などと、患者さんの目の前の自分は「ふむふむ」と聞きながら、"もうひとりの自分" が少し分析しながら聞いている、のようなメタ認知的な風景になります。
ここで重要なのが、“スクリプト” という考え方。スクリプトとは、ある疾患が典型的にたどるストーリー。たとえば「発症は急か?」「夜間に悪化するか?」「随伴症状は?」などの筋書きが、疾患ごとにおおまかに決まっています。問診では、この患者さんの話が、どのスクリプトに一番近いのかを探っていく作業をします。まるで探偵が事件の“テンプレート”と照らし合わせながら、現場の状況をパズルのように埋めていくようなものです。
そしてその内容から考えられるさらなる問診を・・・と診断を進めていくのですが、正直言って、患者さんの訴えが自分の持っているスクリプトに "あてはまるとき" よりも “うまくはまらないとき" のほうが圧倒的に多い。これがいわゆる "個人差" であり、患者さんの独自性です。
こんなとき、
「脇腹が痛い(から消化器疾患)」
「(女性が)下腹部が痛い(から婦人科疾患)」
「尿が出ない(から泌尿器科疾患)」
と決めつけてしまうと思わぬ落とし穴にハマることがあります。例えばこれら 3 つの症状はすべて帯状疱疹で起こり得ます。診察室で最初に院長に訴えた症状がこれらでも、皮膚科で診る帯状疱疹ということがあるのです。
だからこそ、「あれ、自分はいま決めつけていないか?」と一歩引いて考える “メタ認知” の考え方は重要です。この「外から自分を見る力」が、臨床推論をするうえで便利。これができるのは、子供時代から大量のメタ認知的な絵柄を見せてくれた、日本の偉大な漫画家先生たちのおかげだと思っています。こういった "絵" はなかなか活字ばかり読んでいるのでは身につかないでしょうから。
診察中にふと、もう一人の自分が肩越しにささやくんです。「おいおい、それ本当に胃腸炎で説明つくか?」「その皮膚所見、本当に感染症か?」「頭痛って患者さんは言っているけど実際は「頸部痛」じゃないの?」。そうやって内なる “ツッコミ役” が働くと、思考が修正され、診断の幅が広がる。まるで漫画の登場人物が、コマの外から読者に話しかけるような感じでしょうか。
さて、診断に至る流れはまだまま続きます。長くなってきたので今日はこのへんで。本日も "もうひとりの自分" に散々ツッコまれた院長でした。
