前立腺がん検診についてはいろいろな立場からみた考え方・意見がありますが泌尿器科医としては多くの方に受けてほしいと思います。
今年の 5 月くらいでしたでしょうか、米国のバイデン前大統領が「骨転移を伴う高悪性度の前立腺がん」と診断されたというニュースが世界を駆け巡りました。高齢の政治家であり、長年公職にあった人物が、なぜこの段階で診断されるまで前立腺がんが見過ごされていたのか――多くの人が疑問を抱いたのではないでしょうか。泌尿器科医である院長も全くもって不思議です。
アメリカでは前立腺がんは男性に最も多いがんの一つであり、60 歳以上の男性の「国民病」とさえ言われています。そんな中で、最高権力者であった人物が定期的な PSA(前立腺がんの腫瘍マーカー。現在日本でも普及していますが、もともとは世界で広く使われるようになったのは米国が最初です)検査を受けていなかった可能性があるとすれば、それは「個人の問題」というだけでなく、医療政策や社会的な認識の在り方を考えさせられる出来事だと言えます。
今回はこのニュースから、PSA スクリーニングテストの(公費で行うかどうかは院長自身も迷うところなのですが)行うことの重要性について掘り下げてみましょう。
まず、前立腺がん検診における PSA 検査についてはむかしからいくつもの議論がありました。胃がんにおける内視鏡、肺がんにおける CT よりも "採血のみ" でチェックできる PSA は大変手軽、ということで現在スクリーニング検査として広く行われています。ところが、この PSA 検診は一時期、アメリカで「やりすぎ」「不要」と言われるようになりました。
そのきっかけとなったのが、2012 年にアメリカ予防医学専門委員会(USPSTF)が「PSAによる前立腺がん検診は全体としての死亡率を下げる効果が不明であり、むしろ過剰診断・過剰治療の弊害の方が大きい」という勧告を出したことです。これによって、多くの医師が PSA 検診を控えるようになり、患者側の関心も低下しました。
ただしこの "PSA 検診否定" の流れには多くの批判もあり、2017 年には USPSTF の勧告も「患者と医師が話し合って決めるべき」と、態度がやや軟化しています。
ただ、バイデン前大統領が PSA 検査を受けていなかったのは本当に不思議です。国が「このがん検診は過剰だ」というスタンスを取ったとしても、個人個人にスポットを当てれば、「採血のみで評価できる前立腺がんのチェックは(特に大統領のような)社会で重要なポスト・立場を担っているヒトには大変便利なツールである」からです。
ただ、一方でこんなふうにも考えられます。「自分が高齢であることを理由に PSA チェックをしないでよい、という判断を自身が行っていたとすれば、非常に潔いポリシーである」と。これは「前立腺がんは転移があったとしても数年、ときに 5 年以上の生存が見込める悪性腫瘍」であることと関連しています。米国男性の平均寿命は 2021 年のデータで 73 歳と日本人男性(81 歳)よりも 8 年(!)も短いとされています(これは医療へのアクセスや生活習慣・風土や人種の違いなどさまざまな要因がありますし、健康寿命年齢での比較もありますので一概に「だから日本人の方が幸福度高い!」とはいえません)。大統領就任時すでに 78 歳であったバイデン氏が「もういつどうなってもいいんだオレは。前立腺がんのチェックなんかより大統領業務に邁進するんだ!」という気概の表れであったとすれば、評価されるべき判断なのかもしれません(それでも採血くらいはときどき取っていたはずであり、 その検査項目のなかに PSA を入れるのは容易ではなかったかと勘ぐってしまうところもあるのですが)。
結局 PSA をふくめた がん検診は、一律に「やるか、やらないか」を議論しても仕方がなく、それよりも がん診断率の観点から効率のよい検診、という点で「どのような対象に検査を受けてもらうようにするか」とか「その結果をどのように解釈するか」が重要なのだと思います。
それでもなお、「やらないよりはやった方がいいのでは」というのが、院長の実感です。PSA 検診をするかどうかに「正解」はないものの、症状が出づらい前立腺がんは、PSA チェックをしなければなかなか見つかりません。がん検診はこういった腫瘍マーカー高値・ピロリ菌陽性・画像所見でなんらかの異常など、そういった「異常かもしれない所見」が認識されたあとにはじめて「選択肢」が生まれます。ですので院長は、50 歳になったら一度検査を検討して、その値はきちんと泌尿器科専門医と相談し、納得したうえで今後の方針を決めていくのがベストと考えます。
公費でやるのはどのくらいいいことなのか、これは医療経済の視点が非常に大きく関係するのですぐに「いい/悪い」とは断言できません。ただしいわゆるドックなどの自費による検査については、中年以上の男性は積極的に PSA をチェックしてほしいと願う院長です。
