最近中高生向けにつくられた教材・学習参考書のなかで異例の売上げがあるのが国語便覧や歴史資料集。「読み物として楽しめる」「(源氏物語などの)登場人物が多いストーリーもわかりやすく解説してくれる」「安くて(1000 円くらいだそう)情報量が充実」ということで、注文がひっきりなしだそうです(
何を隠そう、歴史や読み物を愛する院長、高校時代に購入したこれらの学参をいまだに愛読しています(下写真、平成 4, 5 年版!)。個人的には「ふっ、ようやく世の中がこれら教材の貴重さに気づいたか・・・遅いゼ」とか思っていたりもしますが、これらの教材は確かに読み応えがあります。中高生向けなので平易な言葉で書いてあり、ビジュアルも重質しているのでわかりやすいですし。
ただ、文学も歴史も「実際に訪れてみる」という経験は大切です。漱石が好きなら東大に行って三四郎池のまわりを散策したり、三島を読んだあとに金閣を観て、さらに賢治が表現した銀河鉄道の風景を探しに花巻に赴く。一生の記憶になるでしょう。
そんなわけで最近は、なるべくさまざまな歴史にまつわる場所に時間の許す限り実際に行って思いを馳せる、ということをしています。先週行ったのが秦野からほど近い小田原。「石垣山一夜城」です。天下統一目前の秀吉が小田原北条攻めのために建築したこの城跡は、江戸時代は(箱根の関を通過させるために)一般の往来がほとんどなかったおかげで、当時の風景がかなりの部分で遺っている貴重な場所。さらにここは標高約 260 mの山頂まで続く散策路となっており、ちょっとした運動にぴったりのハイキングコースでもあります。
まず「一夜城」という名前を聞くと、魔法のように一晩で城が完成したのではないかと思わされるかもしれません。しかし、実際には天正 18 年(1590年)4 月から 6 月までの約 80 日間をかけて、のべ 4 万人の動員により築かれたとされています。天下人・秀吉は、関八州の統治者・北条氏屈服のため、まさに「戦国武将オールスター」とでもいうべき豪華なメンバーを、総勢 15 万から 20 万とも言われる圧倒的な大軍を構成し小田原城を包囲しました。そして秀吉は「笠懸山(かさがけやま)」と呼ばれていたこの山に本陣を構え、築城を開始します。秀吉の凄さはその「演出」にありました。築城の間、周囲の木々を伐採せずに残して城の姿を隠し続け、完成した瞬間に一斉に木を切り倒したのです(と言われています)。小田原城の将兵たちは、突如として山頂に現れた総石垣の巨大な城を見て、「関白様は天狗か神か」と驚き、士気を一気に失ったと伝えられています(実際は 80 日も工事していたらその情報はすでに通じていた、とする意見もあるそうですが)。ただ、こういった逸話を真実と思わせるような、秀吉の巧みな心理戦は、天下統一に至るまでの素晴らしい戦術を考えれば、十分ありうることと思います。
また、石垣山一夜城の最大の特徴は、関東で初めて造られた本格的な「総石垣」の城であることです。それ以前の関東の城は土を盛り上げたものが主流でしたが、秀吉は自身の権威と財力を見せつけるため、石作りの城にこだわりました。この石垣は、滋賀県の近江から呼び寄せられた専門職人集団「穴太衆(あのうしゅう)」の手によるものです(穴太衆については是非今村翔吾さんの『塞王の楯』を読んで下さい)。積み方の技法は「野面積み(のづらづみ)」と呼ばれ、自然の石や素割の石をそのまま積み上げていく初期の石垣技術ですが、水はけが良く、今日まで数々の大地震になんとか耐えて当時の面影を色濃く残しています。一夜城の駐車場付近には、後に江戸城の石垣のために切り出された「矢穴(石を割るための穴)」がある石が展示されていますが、一夜城自体の石垣にはこの矢穴が見られません。これは、一夜城が非常に古い技術で、かつ短期間で築かれた貴重な証拠でもあります。
城内は現在、「石垣山一夜城歴史公園」として整備されており、約 1 時間ほどで全体を見学できるちょうどよいウォーキングコースとなっています。
・井戸曲輪(いどくるわ): 谷の地形を利用して石垣で囲み、湧き水を溜める構造になっています。別名「淀殿の化粧井戸」や「サザエの井戸」とも呼ばれ、一夜城の中で最も当時の石垣が美しく残っている場所です。今でも水が湧いているのを確認できることがあり、パワースポットとしても注目されています。
・本丸跡(本城曲輪): 標高 257 mの最高地点に位置。ここからは、小田原城天守閣や小田原の街並み、相模湾を一望できる絶景が広がります。天気の良い日には東京スカイツリーまで見えることもあるそう。かつて秀吉や徳川家康、伊達政宗といった名だたる戦国武将たちがここに立ち、同じ景色を眺めていたと思うと、胸が熱くなります。
・天守台: 本丸から一段高くなった場所にあり、かつては河原葺きの壮麗な天守が立っていたと推測されています。発掘調査では「天正 19 年」と記された瓦が見つかっており、小田原攻めが終わった後もこの城が利用され、整備が続けられていたことがわかっています。先週行ったときも普通に(当時のものと思われる)瓦が平積みされていました。持って帰ってもよいのかな、と思いつつ一応やめておきました。
・加藤清正の銘文石: 南曲輪付近には、築城の名手として名高い加藤清正(当時は加藤肥後守)の名前が刻まれた石があります。歴史ファンにはたまらない隠れた見どころです。
上述のようにこの場所は「歩く」のにちょうどよい史跡です。公園入口から本丸までは程よい勾配の坂道が続き、自然と心拍数が上がります。歴史に思いを馳せながら、周囲の緑を感じながら歩くことは、ストレス解消や心肺機能の向上に非常に効果的です。また、JR 早川駅から徒歩で登るルート(約 50 分)や、箱根登山鉄道入生田駅から登るルート(約 60 分)は、本格的なハイキングとして楽しめます。途中の農道からは小田原の美しい風景が楽しめ、心地よい汗を流すことができるでしょう。
歴史散策でお腹が空いたら、公園のすぐ目の前にある「一夜城 Yoroizuka Farm(ヨロイヅカ・ファーム)」に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。日本を代表するパティシエ・鎧塚俊彦氏が手掛けるこの施設では、小田原・早川の地元野菜や果物をふんだんに使ったスイーツや料理を楽しむことができます。地産地消を目指したこの新鮮な味覚は、運動後の体に優しく染み渡ります。そして最後は小田原駅ビル「ミナカ小田原 展望足湯庭園」に行って無料の足湯でリラックスして帰宅、というコースですと翌日の疲れもほとんどありません。ちなみに院長は日曜日に行ったのですが、土日祝日には便利な観光回遊バス「うめまる号」が運行されており、休日ならこのバス(乗り放題 600 円)がオススメです。
海外旅行がだいぶ高額になった昨今、国内の史跡名勝は気軽に行けて良い運動にもなります。県内だけでも小田原・箱根・鎌倉・横浜な数多くの歴史がある地域に住んでいることに感謝し、また時間の許す限り観光したいと思います。