医療はサービス業のようでそうでもない産業なので "適切な価格設定" は本当に難しいのですがそろそろそういった議論も必要かと。
2019 年、新型コロナパンデミックの少し前に、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」から「老後 20~30 年間で約 1300 万円~2000 万円が不足する」という試算が出されました。これを発端として「いかに老後の資金を形成するか」をめぐる一連の議論が「老後 2000 年問題」でしたね。最近かと思ったら、もう 6 年も前のハナシになります。「2000万円」という金額は、夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職世帯では毎月約 5.5 万円の不足が生じるため、20~30年間の不足額が約 1,320~1,980 万円に上るという試算に基づいています。「2,000 万円」という金額はあくまでもモデルケースでの老後資金の不足額であり、人によって実際の不足額は異なりますが、現在の物価高を考えると、この金額ではとても厳しいのでは・・・と思ってしまいます。こんなことを感じたのは、日々医療に関わる消耗品や医療機器の値段が高騰していくからです。
院長が好きな歴史、特に武家政権時代を振り返ってみても、「幕府が経済政策を解決できないときに政権は倒れ」ています。鎌倉幕府では御家人に土地を与える「御恩と奉公」のシステムが、土地の新規開発が限界に達した時点で破綻しました。戦っても新しい所領は増えず、収入は減っていく。経済的に報われない忠誠は長続きしませんので幕府の求心力は急速に失われました。まあ元寇という、破綻までのスピードを上げる不測の事態もありましたが。室町幕府では、貨幣経済の進展と流通の拡大に政治が追いつかず、地方の守護や有力者が経済力を背景に自立していきます。中央政府に「配分」できるものがなくなったとき、統治は空洞化しました。その分各地に魅力的な戦国武将・大名が生まれる、という副産物をもたらしました。江戸幕府に至っては、米を基準とする石高制という制度設計そのものが、商業経済の発展が進むにつれ、実際と深刻なズレを起こします。武士は形式上豊かでも、実質的な購買力は低下し、借金に依存する生活に陥りました。幕府は統治能力を失ったというより、「経済の現実を説明できなくなった」ことで終わったのです。
この歴史的事実を踏まえると、現代日本における(当院のような)個人開業クリニックの経営にも多くの示唆が得られる気がします。医療は公共性が高く、制度に守られている分野「でした」。しかしながら旧態依然とした制度と現実の乖離が進めば、必ず歪みが表面化します。診療報酬制度は、ある意味で「現代版の石高制」かもしれません。点数という名の “公定価格” が存在し、それに基づいて医療費が算出されます。
この "公定価格" ですが、しばしば理不尽な料金設定が存在します。たとえば、ものすごく何回も反復された腎盂腎炎(腎臓に細菌感染を起こして組織はボロボロになって腎周囲は強固な癒着状態となる)に対する「開腹単純腎摘除」という手術があります。この手術、癒着がなければ 1 時間程度で終わりますが、感染症を起こしたあとはものすご〜く難度が上がる場合があります。そんなときは 3 名の外科医を要し、おまけに術中に癒着を起こした腎動脈・腎静脈という太〜い血管から出血したりすると 4 時間くらいかかって輸血まで必要、なんてことになることがありえるのです。ところがその保険点数からみた手術費用は 21 万円。この費用は両側の白内障手術より 3 万円ほど安かったりします(もちろん白内障手術でも難しいケースはあるのは存じておりますが・・・)。
「なぜその診療行為にその点数がついているのか全く理解できない」という "ズレ" が現代の日本の医療では多数あるのです。健全な経営には健全な価格設定が必要であることは当然です。前例主義にとらわれることなく、いま一度の現在の医療制度をもう一度再考するべきときはいつでしょうか?林先生ではありませんが「今!」でしょう。診療報酬は大切ですが、昔からあるその公定価格を唯一の収入源・評価軸にすることは、米しか価値がないと唱え続けた江戸幕府と同じ結果になるような気がします。
こういうハナシをすると、「これまで恵まれた状況にあった開業医の立場で何言ってるんだか」と言われるかもしれません。しかしそう言われて診療報酬を削られたとしても、「全体で経営が成り立っているから目をつぶる、のではなく、クリニックが適切な医療を行ったときにきちんとその対価を請求できるようなシステムを構築する」ほうが健全なのではないでしょうか。
・・・本日はなんだかひとりで義憤ぶってしまいました。「ものすごく交換が難しい尿道カテーテルの留置を、泌尿器科医 25 年目の院長が、自らがこれまで修得した技術を駆使して行ったとしてもたった 400 円」という現実に対してちょっとイキり立ってしまいました。ご容赦ください。
