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医療従事者が同業者以外のひとと食事しているときに特に注意すべきこととは。

[2026.06.14]

医療系のドラマを観るといろいろと考えさせられますね。最近『19 番目のカルテ』を師長と一緒に観て楽しんでいます。院長は松潤さんくらいルックスがよいドクターではないので同じようなセリフを言っても決まらず、同様の方法論はとれないのですが。

この『19 番目のカルテ』、同タイトルマンガのドラマ化ですが、院長が学生時代にドラマ化された医療マンガといえば『研修医 なな子』がありました。このなかで、「外科医は一般のひとと言うことがだいぶオカシイ(空気が読めない)」というシーンがあります。お見合いをしているときに女性とフランス料理フルコースを食べていた外科医が出されたテリーヌを見てこう言うのです。「これは……臓器の切り出しみたいだな」。相手女性ドン引き。まあこれは隣りにいるのが医療関係者でない方であってもちょっといやなたとえですが、こういうシーンは医療従事者には少なからずあります。

ほかにはたとえば「(ローストビーフをみて)この筋層が・・・」とか「(自分の子どもが転んで泣いているのに、妻が医療従事者でない場合は特に)この創傷なら縫合不要だよ」「(焼肉屋さんでレバーをみて)このグリソン鞘が・・・」とか。書いていてイヤになりました。どうしてもこういったことを、職業病的に言ってしまうことがあるのが医療者なのです。すみません。本人としては悪気はありません。普段からヒトの構造や病変・画像所見・手術動画などを目にしているため、日常の何気ないものを医療現場で接しているものにたとえてしまうのです。イヤな客ですね。

しかしながら、どんな職業にも「その仕事をしている人ならではの見え方」があるはずです。建築士は建物を見ると耐震性や間取りが気になるでしょうし、美容師は話し相手の髪型や分け目をつい見てしまうかもしれません。税理士はレシートの山を見ると落ち着かないかもしれませんし、教師は街中の子どもの会話からクラスの状況を想像してしまうかもしれません。

そんな医療従事者である院長が先日やって失敗したことが「顔色を見る」ことです。先日久しぶりに中学校剣道部の友人と会ったのですが、ついつい「少し顔色が悪い?」「目の下がくぼんでいる?疲れてる?」「前よりずいぶん痩せた?(最後にあったのが 34 年くらい前のひとがたくさんいたので)」とか(幸い声には出さずにすんだのですが)思ってしまったことです。これらはどうしても無意識に観察してしまうのです。

いろいろ話してみて、これらの懸念はほとんどこちらの思い違いだったようだったのでそれはよかったです。しかしながら医療現場では、患者さんが診察室に入ってきた瞬間から診察は始まっています。歩き方、表情、呼吸の仕方、声の大きさ、座るまでの動作。こうした情報から、医師はかなり多くのことを感じ取っています。

これは直接知り合いでなくても、駅などで歩いているひとにもそういった視線を浴びせてしまうことがあります。「このひと少し息が上がっているな」「歩き方からすると膝関節の手術を受けてまだ間もないのかな」「この咳、長引いていそう、最近マイコプラズマとか流行っているらしいからクリニックで診察するときに気をつけよう」・・・。完全に職業病です。あくまで「何となく気になる」という程度ですが。

今週末は金曜日から日本東洋医学会総会で富山に行き、その後日曜日(本日)は東京は御茶ノ水、母校のとなりにある順天堂で救急診療のワークショップに出席して 2 泊連続で外泊しました。そういったちょっとした旅行でもつい医療体制が気になってしまうことがあります。「この学会場でもしいとが倒れたら地域の救急対応病院はどこになるのだろう」「搬送する場合、救急車は何分くらいで来るのだろう」。せっかくの旅行なのに、なぜそんなことを考えるのか。自分でも少し残念に思うことがあります。

われわれ医療者は日々、急な病気や怪我に接しています。元気だった人が突然倒れる。軽い症状だと思っていたものが重い病気だった。そうした経験を何度もしているため、完全に油断することが難しくなっているのかもしれません。もちろん、旅行中ずっと不安でいるわけではありません。おいしいものを食べ、景色を楽しみ、温泉にも入ります。ただ、頭の片隅で「もし何かあったら」という回路が動いているのかもしれません。長年勤務医として病棟患者さんを担当していたため「24 時間 365 日いつ何時緊急の連絡が入るかも知れない」という心構えが抜けないせいもあるでしょう。これは医療従事者の悲しい性ですが、おそらく医師業をしているかぎり、完全に離脱することはできない気持ちだと思っています。

ここまで書くと、医療従事者は日常生活でもずっと病気のことを考えているように見えるかもしれません。ただ、それは単に神経質ということではありません。医療現場で毎日患者さんを診ていると、「人の体は思ったより丈夫だけれど、思ったより脆い」ということを実感します。多くの症状は自然に良くなります。一方で、見逃してはいけない病気もあります。その両方を知っているからこそ、日常の小さな変化にも目が向くのです・・・と思いたい。

職業病というと、少しネガティブに聞こえます。でも、見方を変えれば、それはその仕事に真剣に向き合ってきた証拠でもあります。ただとりあえず食事中の医学的なたとえは、ほどほどにして、今後も前向きに生きていこうと思います。

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