医療費や薬剤費は公定価格として定められているのですがその決め方が厳しくなかなか医療機関に "クスリの在庫をおいておく" ことができません。
先日、ある医療に関する討論番組(だいぶ昔のもの)を YouTube で観ていたら、「薬価差益は医療機関や薬局が不当に儲けている構造の原因」と述べている識者がいました。その方は昨日院長が「それはちょっと違うんじゃ・・・」と言った、「医療費亡国論」的な物言いをされる方でした。
まず、「薬価差益」とは何でしょう。薬価差益とは、「薬を医療機関や薬局が "仕入価格" と "国で定められた公定価格(薬価)"との差」のことです。たとえば、ある薬を医療機関が 800 円で仕入れて、保険上は900円で算定されているとすると、その差の 100 円が「薬価差益」です。
これだけ聞くと、「え、それって儲け?ズルしてるんじゃないの?」と思われるかもしれません。しかし、そう単純な話ではないのです。これは "なぜ薬価差益が生まれるのか" について述べてみます。
まず、製薬会社や卸売業者との価格交渉はそれなりに大変だそうです。複数の卸売業者と商談し、まとめ買いや代替品を提案したりして、ようやく少し安く仕入れることができる。ですから、薬価差益はいわば “業務努力” の一環とも言えます。商売なら当たり前の話で、飲食店だって食材を少しでも安く仕入れようとしますよね。医療機関や薬局がコストを抑えようと努力しているのに、それを「不当」とされるとなかなか厳しいものがあります。
つぎに、薬価(保険上の価格)は全国一律ですが、実際の仕入れ価格は時期や条件、取引規模によって違います。特に小さなクリニックや個人薬局は、仕入れの交渉力が大手と比べて弱く、薬価差益が少ないことも多いです。当院は救急対応の医療機関ではありませんが、どうしても「救急的な感じ」で患者さん対応しなければいけないときがあります。こういったときにいくつか最低限のクスリをおいておくようにしていますが、その仕入れ値は結構高い。大手薬局であれば大量に仕入れますので単価が安くなりますが、当院のような零細企業ですとなかなかそうはいきません。つまり、仮に「差益」が出ていたとしても、皆が均等に “儲けている” わけでは全くなく、小さなクリニックでは、むしろギリギリ or 足が出るようなこともしばしばあります。
最後に、クスリにも(実は滅菌された医療機器などについても)食料品と同じで使用期限があります。なかには冷蔵保管が必要なもの、使用期限が短いもの、10 本単位でオーダーしないと仕入れられないものなど、いろいろあります。在庫管理にはコストがかかるし、期限が切れた薬は廃棄せざるを得ません。以前当院も、せっかく仕入れた "デルイソマルトース第二鉄" という薬品名の、鉄欠乏性貧血に対する(結構高価な)治療薬を、使用期限過ぎのため泣く泣く処分したことがありました。そういったリスクを背負っているのが医療機関や薬局側なんです。払い戻しはできないので。
そんな中、財務省(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20241113/01.pdf)はどう見ているかというと…
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医療費が高騰しているのは、薬価差益を含めた“構造的な無駄”のせい。
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差益を制限すれば、医療費は抑えられる。
・・・って考えてるんだろうなーという資料(社会保障に関する財務省の見解、2024 年 11 月 13 日付)です(興味ある方は是非この PDF 目を通していただきたいですが、とにかく長い!158 ページもあります)。医療費抑制は重要な課題です。でも、「差益=悪」というような単純なレッテル貼りには、上記のような事情を考えると異議を唱えたくなります。
われわれ現場の医師、あるいは薬剤師からすると、薬価差益を悪者扱いして薬価をどんどん下げていく(実際「調整幅」と呼ばれる "マージン" の部分は 1992 年には 15% だったのが、2000 年以降 2% まで縮小されてきました)ことは今後の診療に大きなマイナスを生むことになることを危惧しています。それは、
- (クスリを作っても儲けが少ない、または赤字になってしまうので)製薬会社は薬を作らなくなる
- (クスリを扱ってもマージンが少ないので)卸売業者は取り扱いを減らす
- (使用期限による廃棄がこわくなった)医療機関・薬局に常備される薬剤の量が減って(特に入院の)診療に支障をきたす
などです。
国民皆保険制度ができたのが 1961 年ですから、この制度は今や還暦を過ぎています。なんらかの制度についてハナシをするとき、ときどき数字だけを見て「けしからん!」と声を上げる方がいらっしゃいますが、医療は国民の幸福に極めて大きく関わる巨大なインフラです。黒澤明監督の『赤ひげ』は院長も映画としては大好きですが、医療はボランティアでは成り立ちません。きちんと持続可能な経済的な仕組みがあってこそ、われわれのような小さなクリニックはやっていけます。
たとえば「薬価差益=不当な利益」などの "ラベルづけ" をする前に、その裏にある “見えない努力” や “ギリギリの現実” を、少しでも想像していただけたら。そんな思いを込めて、今日はこの辺で。昨日につづきマジメな感じでした。
★ "HOKUTO" という医療従事者が見るプラットフォームがあり、そのなかで石川県の循環器内科先生である "Dr. Genjoh"(ペンネーム) という方が寄稿されている内容を大いに参考としていることをおことわりしておきます。
