古典を学び、活用することで医療費やポリファーマシーの問題にも少し対応できるような気がしています。
「ケアネット TV」という、さまざまな臨床・基礎やときには医療経営なども含めたさまざまなエキスパートが行う講義をオンラインで視聴できるサイトがあります。おそらく会員登録しているのはほとんどが医師だと思いますが、ほかにも薬剤師や看護師など、医療従事者が学ぶために集まるプラットフォームになっており、日々多くのレクチャーがアップされていきます。院長が多く診ている泌尿器科や腎臓関連、発熱症例への対応など、非常にためになるタイトルも多く、日々更新を楽しみにしているサイトです。
これまではどちらかというと医学生や研修医向けのコンテンツが多く、「血液検査の読み方」「抗菌剤の使い方」「心電図の読み方」「画像検査の読影法」などのタイトルが目につきました。しかし最近「ストーリーで語る漢方薬」と「救急医が教える!すぐ効く漢方」というタイトルが現在立て続けにアップされている途中でどちらも大変勉強になりました。これらを視聴し、「漢方(東洋医学)もようやく市民権を得てきたなぁ」と嬉しくなってこのブログを書いています。
これまで自分のまわりで、漢方をはじめとする東洋医学を真剣に学んでいる医師は院長の肌感ですが、医療の世界全体からみると極めて少なく、以前知り合いの若手先生たちに「漢方ってどう思う?」と聞いたときもこんな感じでした。
「なんで効くのかわかりません」
「証?とか言われても・・・って感じです」
「そもそも教えてくれる上の先生が誰もいなかったので患者さんにコワくて出せません」
「これだけ医学が進んでるのにいまさら?みたいに思ってます」。
・・・まあ散々な言われようですね。
「漢方は古い医学だから現代には合わない」――そんなイメージを持つ方は一般の方はもちろん、上記のように医療者でも少なくありません。たしかに漢方は中国で生まれ、戦国〜江戸時代頃からは日本で独自の発展を遂げてきた "古典的" な医学体系です。しかし近年、再びその価値が見直されています。なぜなら、漢方には現代医療の課題を解決するヒントが詰まっているからです。とくに 医療費の増大、ポリファーマシー(多剤併用)の問題 など、私たちが直面している難題に、漢方的な発想は役に立ちます。
まず、漢方(東洋医学)は「患者さんそのヒトをみる」医療です。というか、血液検査も画像もない時代はそれしかなかったのです。体質や生活背景、冷えや疲れといった自覚症状まで含めて評価し、個々に合わせた処方を行う。検査がないからこそ舌のちょっとした色調の変化や脈の小さな不整、さらには微妙な腹部の体温変化などをキャッチして治療の根拠としていました。この考え方を 「証(しょう)」 と呼びます。同じ「頭痛」でも、人によって「冷えが原因」「気の滞りが原因」「血流の悪さが原因」と診断が分かれ、使う薬も違います。つまり漢方は 病名中心ではなく、症状と体質の組み合わせを中心に治療する のです。一方、現代医学は検査や画像で "病名" を特定し、その病気ごとに治療法を当てはめていきます。この場合、病名がバッチリその患者さんの病態と一致している場合は劇的に効きますが、「なんとなくだるい」「すこしツライ」「ちょっとですけど冷房使うとカラダが冷える」といった、西洋医学的には血圧も体温も神経学的所見も脳波もすべて "正常" の患者さんが来るとなかなか有効な方法がありません。こういった患者さんを大学では「不定愁訴(体のどこに問題があるのか特定できない、漠然とした不調や体調不良の訴え)」といってまとめていましたが、せっかく来院した患者さんにしてみれば「診断もできないのか・・・」とがっかりしてしまいます。
こういった場合には漢方は極めて有効です。しかも症状がいくつあっても対応できることがしばしばあります。漢方には「異病同治」という有名な言葉があり、これは「症状がいろいろとあっても "証" が合致していれば同じ薬で治すことができる」という考え方。たとえば風邪で鼻水が出ていても、咳をしていても、のどが痛くても、「項背強急し、発熱悪風し、或は喘し、或は身疼痛する者を治す」(類聚方広義)と書いてあるような証があれば、葛根湯が有効です。この発想は、咳には咳止め、のどが痛いと炎症をおさえるアミノ酸(トラネキサム酸)、鼻水が出ていると抗ヒスタミン剤・・・と薬が重なっていく現代の医療に不足している視点だといえるでしょう。
このような「ひとつの漢方でいろいろ治す」という発送は、現在しばしば臨床の現場で問題となる、ポリファーマシー解決の一助になりえます。ポリファーマシーとは「(高齢社会の日本では特に)一人の患者さんが 何種類もの薬を常用していることが珍しくないが、このような多剤服用例における有害な事象が起こっている、または起こりやすい状態」をそう呼びます(一般的には 6 種類を超えて内服しているとこのように呼ばれます)。薬が多くなると副作用のリスクが高まり、飲み忘れや重複投与も問題になります。こういった場合に漢方をうまく使えば、ポリファーマシー問題は少し軽くなると思うのです。それだけでなく、現在の医療費増大に対するひとつの有効な手段にもなりうると思っています。
「でも漢方は科学的に証明されていないのでは?」という声もあります。しかし近年は臨床研究や成分分析が進み、例えば 葛根湯の感冒に対する効果 や大建中湯の術後腸管麻痺改善作用 など、多くのエビデンスが蓄積されています。西洋医学的な「病名に対する治療」と、漢方的な「体質に対する治療」を組み合わせることで、患者さんにより安全で包括的な医療を提供できる時代が来ているといえましょう。
漢方は、単なる「古い知識」ではなく、日本人の体質や生活に合わせて進化してきた医療です。われわれ日本の医師がこれを学び、現代医療に生かしていくことは、単なる伝統の保存ではなく、未来の医療への投資でもあります。ただ、そのためには現在ほぼ 100% に近い割合を中国からの輸入に頼っている漢方生薬の栽培・販売をなんとかして国産にシフトしていく努力が同時に必要でしょう。漢方は感冒・腹痛・頭痛・更年期障害など、得意分野、しかもかなりありふれた病態に対する得意分野を多数もっています。抗がん剤やロボット手術のように単価は高くありませんが、患者さんが多いこういった症状を有する患者さんを漢方を中心にまず治療してみる、というのはもっと強調されてよいかもしれません。
「古いけれど新しい」――漢方の可能性を見直すことは、日本の医療制度を見直すひとつのきっかけになると院長は信じております。
本日、いつもお世話になっている東海大学東洋医学科教授、野上 達也 先生から自学自習のうえで大変ためになる本をお借りしました。上記で本文を紹介した『類聚方広義』です。明日はそのことについて述べてみたいと思います。
