品種改良されたフルーツをみて医療でも共通することがあることに気づいた端午の節句。
以前にもブログに書きましたが、日本人のフルーツ消費量は他の先進国に比べて少ないと言われます。「安くて美味しい」だけでなく、さまざまな飲食店が「早くて手軽」のようなファストフード的になりつつある、というある意味優れた食文化があることが「デザートなくても OK」的なことになっているような気もしています。毎回コース料理など食べられないので。しかしながら採血データをみていると、ビタミンや微量元素を保険診療で測定するのは難しいのですが、肝機能や尿酸、ビリルビンなどの数値から類推すると、「この患者さん、ビタミン B 系と D とか不足してそうだなぁ」とか感じることはあります。
そんなときに今の時期によくオススメするのがキウイフルーツ。特に現在、5 月というのはゼスプリ社が開発した「ルビーレッド キウイ」が食べられる期間です(3 月から 5 月しかできないそう)。最初見たときはビックリした赤いキウイですが、ちょうどよい甘さで院長はいつもプレーンヨーグルトのお供にしています。キウイはよく美容と健康を兼ね備えたスーパーフルーツと言われています。是非日頃のビタミン C・食物繊維不足にどうぞ。
ルビーレッドキウイなどのような「品種改良」。シャインマスカットなんかもそうですが、このような人気品種は単なる “自然の産物” ではなく、長年にわたる人の手による工夫と選択の積み重ねによって生まれたものです(ルビーレッドは開発に 20 年以上を費やしているそうです)。この品種改良、医療とよく似ている面があります。今回は、植物の世界と医療の世界に共通する「技術の本質」について述べてみましょう。
植物は本来、自然の中で生きています。たとえばブドウも放っておけば、種ができ、ばらつきのある実をつけます。しかし現代農業では、「甘い」・「大きい」・「見た目が美しい」・「食べやすい」などの "ヒトにとって望ましい状態" を目指していきます。そのために行われるのが品種改良であり、それを支える栽培技術です。例を挙げるなら種なしブドウでは、ジベレリンという植物ホルモンを使い、「受精しなくても実がなる」という状態を人為的に作り出しています。これは言い換えれば、「 自然のプロセスをそのまま受け入れるのではなく、 必要な結果だけを選択的に引き出している」ということです。
この構造は、医療と非常によく似ています。ヒトの体もまた「自然のシステム」です。しかし、「血圧が高くなりすぎ」「血糖値が自身でコントロールできないほど高い」「感染症に対して自身の免疫だけで太刀打ちできない」など、いわゆる「基準範囲」のなかに収まらない状態を呈することが一定の確率で起こります。こういったときに、医療では「降圧薬で血圧を下げる」「血糖降下薬で血糖値を調整する」「抗菌薬で細菌の増殖を抑制する」などのカタチで介入していきます。ここでやっていることは品種改良と似ていて、「自然に任せる、のではなく "望ましい状態" へと調整する」のが医療の役割ということになります。
このとき、ひとつ大切なな共通点があります。それは「再現性」。ブドウの世界では、良い品種が見つかった場合、それを挿し木や接ぎ木で増やします。これは “クローン” を作る作業です。なぜかというと、「同じ品質を安定して再現するため」です。日本中はもちろん、いまや世界でも鑑賞され、日本を代表する春の花であるソメイヨシノも江戸時代にエドヒガンとオオシマザクラから生まれた、すべて同一のクローンであると言われていますが、このことは「同じ品質を再現する」最たる例です。
医療でも同じで、優れた治療法・診断技法などは開発された初期は「独自技術」でよいかもしれませんが、結局多くの医療機関に広がっていくには「誰がやっても(かなりの程度で)同じ結果に帰着する」ことが求められます。よく "エビデンスに基づいた標準治療" というコトバが使われますが、こうした考え方は、まさに再現性を重視したものといえるでしょう。偶然うまくいく、とかある特定のひとがやったらうまくいく、のではなく「どこで誰が行っても一定の成果が出る」という、科学の基本ともいえるコンセプトに基づくものだけが標準治療として認められていくわけです。この考え方が医療のみならず、上記のような農学などさまざまなサイエンスに根付いている、というのは面白いですね。
ちなみに、シャインマスカットのような新品種は、数百・数千という交配の中から選び抜かれた “たった 1 本” だったそうです。その裏には、味が悪いとか、病気に弱いとか、見た目がよくない、などの無数の「途中脱落」があったはずです。
これは医療における新薬開発や新しい治療法の確立も同様です。
・動物実験
・臨床試験
・長期的な安全性評価
といった段階を経て、最終的にごく限られたものだけが実用化されます。 ひとつの標準治療が膨大なデータの上に成り立つ、数少ない成功の果実であること。これは現代の医療を担うわれわれが大切にしなければならない事実であり、だからこそ、日々の診療においてそういった「成功事例集」がまとめられた形式になっている " ガイドライン" を頻繁にチェックするわけです。
では「個人のスキル」や「独自の技術」はサイエンス、特に医学・医療の分野でどのように活かされるのか。これについては明日のブログで書いてみます。「自分はもう標準治療とされるこの術式ができるから」といって手術スキルの修練をやめる外科医を院長は見たことがありません。常に向上心を求められるのがわれわれ医師であり、その期待に応えるべく日々学び続けようと思います。
