大学に入ったとき「医者になったら左うちわでしょう」とか知り合いに言われたことがありますが実際になってみると想像していたのと違っていた例としての「医者バイト」。
院長は親戚や親しい友人の親などに全く医師がいなかったので、なんとなく「医者は高給って聞くけど本当にそうだといいな」と学生時代に漠然と思っておりました。
ところが医師になってびっくり。1 年目は朝 7:00 前から夜は 23:00 過ぎまでほぼ毎日病棟にいましたが、忘れもしない大学病院からの初任給は 13 万 8500 円でした。病院がある文京区に住んでおり、家賃が管理費込みで 9 万円を超えていたので光熱費だの水道代だの携帯(当時は本体が 1 万円くらいで i mode で現在のスマホでのブラウジングの原型みたいなことをやっていましたね)代だの払うととても生活できません。そんなわけで医局が用意してくれるアルバイトに平日 1 日、週末 1 日くらい行くのが常でした。
当時は「研修医」という制度そのものがなく、医師になった瞬間にある意味「一人前」扱いされるという時代でした。そのため多くのバイト先が寝当直(ねとうちょく:入院患者がいる病院には 24 時間医師が在院していないといけないので、ほとんどなにか起こる、ということはない病院で夜十分寝られる当直のこと)でしたが、いくつか二次救急を担っている施設でのバイトもあり、医師 6 ヶ月目くらいに心筋梗塞の患者さんが来て夜中 3:00 に三次救急施設へ搬送するという経験もしました。
ちなみに医師のバイトは勤務医時代は行かなかった時期がありません。というのは、「医師は高給取り」なんてことは全くなく、常勤先からの給料が低かったからです(ちなみに院長が病院の「常勤」となってボーナスをもらったのは 25, 26 歳の土浦協同病院時代と 34 歳以降。24, 27-33 歳の間は非常勤扱い(それでも常勤の誰よりも働かされるのですが)で、バイトをしないと、とても東京で暮らしながらふたりの子どもを養うというのは無理ゲーでした。
そんなわけで、バイト先には大変お世話になりました。一番長く勤めたのは大田病院附属大森中診療所。28〜33 歳と 40〜46 歳の 11 年間くらい行かせてもらい、たくさんの患者さんを診察させていただきました。勤務先のがん研有明病院からクルマで 20 分程度で行けるので、大森中で がん の患者さんを見つけて有明で手術、なんてこともよくありましたし。
そんな医師バイトですが、現在は "働き方改革" により総労働時間の制限がなされるようになったため、かつてほど若い先生も行けないようです。もちろん主たる常勤先での仕事がおろそかになってはいけませんが、特に外科系診療科の外来バイトは「手術が必要な患者さんを早めに見つけて自らの常勤先につれてくる」という "集患" の側面もあるので、各病院の院長先生方にはあまり厳しい制限をつけないで欲しいとも思います。
ただどの病院も現在経営がキビシイ・・・。当院のような診療所も同じです。物価高の影響は遠慮なく医療の物品やサービス(電子カルテや内視鏡の保守など)価格高騰につながっています。開業医になっても「"医者は左うちわ" なんて一体いつの時代のハナシ?」という感じがします。
ただ、このまま医療にかけるおカネをただただ「医療費削減」の名のもとに減らそうというのは国民の幸福度を下げる可能性が高いような気がします。このあたりは極めて難しい問題なので一足飛びに結論は出せないのですが、やはり医療にも "経営の観点" を入れるべきだと考えます。少なくとも院長が大学で受けていた講義のなかに "医療経営" に関するものはありませんでした。というか逆に、学生の分際で「経営を大学でも講義すべき」などと 1990 年代末当時に言おうものなら「医師のタマゴがカネ儲けのことを考えるなんてとんでもない!」と教授から落第させられかねない時代でした。
しかしながら、ボブ・ディランも " The Times They Are A-Changin' " って唄っているように、世の中は変わっていきます。院長がこれまで勤務してきた病院・診療所をみてきた範囲に限れば、日本の医療、というか医療従事者は世界でもトップクラスの「患者さんに寄り添うココロ」を備えていると思っています。そんなわが国の医療スタイルを海外へ紹介(輸出)するためにももう少し医療が拡大再生産できるよう、経営と正面から向き合う医療界であってほしいと思います。
ただ、そうなると国民皆保険や医師の経験や施設によらない全国一律の保険点数、混合診療の禁止など、改革のメスが入るべきところは多々あるように思いますので一度しっかり医療を最大の争点とした選挙を経ないといけない気がします。
昨日届いた今月の参院選投票用紙を見てそんなことを考えた初夏でした。
