サカナクションが好きです。SNS ミームになった『夜の踊り子』も以前から大好きだったので、あの "ボート少年の踊り" もずいぶん早くから家の中で真似してました。まあどうでもよいですが。一番のアルバムを挙げて、といわれればセルフタイトルである『sakanaction』でしょうか。院長が「曲と曲のつながり」に "萌え" を感じる方ですので『ミュージック』⇒ 『夜の踊り子』への移行や『なんてったって春』⇒ 『アルデバラン』の連続な感じが中毒的に好きです。是非アルバムを聴いてみて下さい。『目が明く藍色』 QUEEN の『ボヘミアン・ラプソディ』に匹敵する名曲ですし、魚豊先生おマンガ『チ。ー地球の運動についてー』を読んでから『怪獣』を聴くともう人類の創造力にひれ伏して感謝したくなります。
サカナクションの楽曲を聴いて感じるのは "圧倒的な生命力や躍動感" です。特に前者、"生命力" でしょうか。特にライブパフォーマンスにおけるメンバー 5 人の生命力というかバイタリティはもう目が離せません。仕事をしながらライブ動画を流してしまうとついつい音だけでなく映像を観たくなり、うっとりしながらその世界に浸ってしまうのでもう仕事がはかどりません。「サカナクションしながらオシゴト」は院長のなかでは禁止としています。
さて、そんな「生命力」とまあ関係のないことはないテーマの本を最近読みました。、東京大学定量生命科学研究所教授であり、老化学・ゲノム保全学の第一人者である生物学者・小林武彦 先生の『寿命はなぜ決まっているのか』、ほか数冊です。小林先生の研究テーマは「ヒトはなぜ老い、死ぬのか?そしてどう生きれば幸せになれるのか」です。なんて根本的な。
日々診療していると、患者さんから「年をとるのがコワい」とか「将来が不安ですね」とか一方で「もう十分生きたからいつお迎えが来てもいいんです」とか、さまざまな「老化」「生命」「寿命」みたいなことに関する声を伺うことがあります。小林先生の書籍はそのような声に対する答えになりうるヒントを含んでいるように感じましたので、院長なりに要約してみます。今日から 3 日間程度でやっていきますのでどうかお付き合い下さい。
まず、小林武彦先生が「生命の死」について深く思索するようになったきっかけのひとつに、ご自身の息子さんが小学生の頃に体験した「カブトムシの死」のエピソードがあります。夏休みのお盆頃までは、飼育ケースの中で夜中じゅうブンブンと元気いっぱいに動き回り、エサを奪い合って喧嘩をするほど活発だったカブトムシたち。しかし、8 月の終わりから 9 月に入ると、特別な怪我をしたわけでもなく、毎日きちんとお世話をしてエサを与えていたにもかかわらず、バタバタとひっくり返って命を落としていきます。
目の前で次々と死んでいくカブトムシを見て、息子さんは涙ぐみながら素朴な疑問を父親である小林先生に投げかけました。
「お父さんは生物学者でしょ?怪我もしていないし、エサもちゃんとあげていたのに、なんで死んじゃうの?」
生理学的なメカニズムだけで言えば、秋になるとカブトムシの体液が凝固しやすくなり、手足が動かなくなって死に至るという説明が可能です。しかし、子供が本当に知りたかったのは「体液が固まる現象」そのものではなく、「なぜ、命あるものはそもそも死ななければならないのか」という根源的な理由でした。
また、小林先生が専門とする老化研究の現場(単細胞生物である酵母菌の研究)においても、非常に興味深い発見がありました。葡萄やリンゴの表面に生息する酵母菌(寿命は約 2 日)の遺伝子変異体を観察していたところ、ある特定の遺伝子を壊す(潰す)と、かえって寿命が延びて長生きになる現象が確認されたのです。
酵母菌が持つ約 6,000 個の遺伝子のうち、なんと 200 個もの遺伝子が「壊すと長生きになる(=存在すると寿命を縮めて死に導く)」遺伝子でした。これは相関関係ではなく、実験によって因果関係まで確認されています。もしすべての生命にとって長生きすることだけが絶対的な正義であるならば、なぜ生物は自らを「死なせるための遺伝子(システム)」を体内に保持しているのでしょうか。この疑問こそが、「死には生物学的な意味があり、進化上の理由が存在する」という科学的な探求のスタート地点となったそうです。
死の本当の起源を知るために、今から約 38 億年前の地球に思いを馳せてみると。地球が誕生したのが約 46 億年前。それから約 8 億年が経過した 38 億年前の海底において、最初の生命の芽吹きが起こったと考えられています。その舞台として最も有力視されているのが、海の底に存在する「熱水噴出孔(海底温泉)」です。熱水噴出孔の周辺は温度が高く、化学反応が起こりやすい環境でした。そこへ海底から新しい物質が供給され続けることで、有機物である RNA(リボ核酸)やアミノ酸が自然に合成されました。この RNA こそが、地球上のすべての生命の祖先となった「生命の種」です。最初の RNA には、生命へと進化するための極めて重要な 2 つの特質が備わっていました。
RNAが持つ 2 つの本質的特質
1. 自己編集能(変化しやすさ・壊れやすさ) RNA は、高校の生物でやったひともいると思いますが、A(アデニン)・G(グアニン)・C(シトシン)・U(ウラシル)という 4 つの塩基ブロックが紐状に繋がった分子です。自身の配列や長さを変えたり、切断や結合を繰り返したりすることで、自らの構造や姿形を自在に変える(変化する)性質を持っていました。
2. 自己複製能(自分と同じコピーを作る能力) RNAは相補的な塩基が結びつく性質を持っています。A(アデニン)には U(ウラシル)が、G(グアニン)には C(シトシン)が結びつきます。型に金属を流し込むように、自身の塩基配列を鋳型にして裏返しの鎖を作り、それが剥がれることで自分自身のコピー(複製)を作成することができます。
この「自己編集能(変化)」と「自己複製能(複製)」を持った様々な RNA 分子が熱水噴出孔の周囲に存在し、コピーを作っては分解されるプロセスを繰り返していました。有限な材料の中で、ある RNA 分子(例えば分子 A)が自らのコピーを効率よく作る能力を獲得したとします。すると、材料は分子 A に独占され、周囲には分子Aばかりが増えていきます。一方で、コピーを上手に作れなかった他の RNA 分子(B、C、D、Eなど)は分解され、材料を奪われて姿を消してしまいました。
この「複製に失敗し、選択に負けて分解・消滅したこと」こそが、地球上で最初の「死」の瞬間であったと考えられています。その後も、分子Aの中からさらに複製能力が高く壊れにくい変異体(分子A')が偶然現れると、今度は分子A'が材料を独占し、従来の分子Aは淘汰されて消滅していきました。
生命の歴史とは、この「変化(変異)」と「選択(適応)」の途切れることのない繰り返しです。
1. 変化(変異): 親とは異なる多様な個体が偶然生じる
2. 選択(適応): 環境に偶然適した個体のみが生き残る
3. 進化の結実: 姿や性質が変化し、新しい「種(ゲノム)」が作られる
・・・という進化のプログラム。ここで大切なのは、「進化には最初から意志や目的(人間を作ろうといった目標)は一切存在しない」という認識です。すべては変異と選択という物理的な結果に過ぎません。
例えば、キリンの首が長い理由について「高い場所の葉っぱを食べようと努力して首を伸ばしたから」と説明されることがありますが、科学的な真実は異なるようです。偶然の変異によって首の長い個体が生まれ、たまたまその環境下で生存に有利(選択された)だったため、首の長いキリンだけが生き残ったのです。実際、キリンが水辺で水を飲む姿を観察してみると、長い首が邪魔をして前足を大きくハの字に開き、極めて不器用かつ必死の体勢で命がけで水を飲んでいます。もし進化が最初から計算された完成形を目指したデザインであれば、あのような不便な構造にはならないはずです。進化とは、生物学的には偶然の選択が積み重なった「結果」に過ぎない、といえるでしょう。
そして 38 億年前の "RNA を中心に進化していく時代" から時代が進み、現代のすべての生物は、より構造が安定して壊れにくい "DNA(デオキシリボ核酸)" を遺伝情報(ゲノム)の保持体として使用しています。しかし、遺伝物質が RNA から DNA に代わり、単細胞生物から複雑な多細胞生物へと進化した現代においても、「ゲノムの損傷が老いと死を引き起こす」という根本的なメカニズムは全く変わっていません。ヒトの体内では、60 億塩基対にも及ぶ DNA 情報が各細胞に収められています。この DNA は、時間の経過や環境ストレスによって日々切断されたり絡まったりして損傷を受けています。細胞内には修復酵素が存在し、傷ついた DNA を絶えず修復していますが、修復しきれなかった傷が蓄積していくと、細胞は正常な機能を失い「老化」や「がん化」を引き起こします。
2022 年 4 月に世界的な科学雑誌『Nature』に掲載された論文データは、生命と DNA 損傷の関係をより鮮やかに証明しました。研究チームは、様々な哺乳動物(ヒト、ハツカネズミ、ラットなど)を対象に、1 つの細胞内で1年間に発生する「DNAの壊れやすさ(変異率)」と「寿命」の関係を詳細に調査しました。その結果は
・ヒト(人間): 哺乳類の中で最も寿命が長く(80 年以上)、1 年間の DNA 変異率は細胞あたり約 60〜70 箇所と少ない。
・ハツカネズミ: 寿命は約 2 年と短い一方で、1 年間のDNA変異率は細胞あたり約 800 箇所に及び、ヒトの 10 倍〜20 倍も DNA が壊れやすい。
調査された多様な哺乳類において、「DNA が壊れにくい生物ほど寿命が長く、DNA が壊れやすい生物ほど寿命が短い」という綺麗な反比例関係(逆相関)が実証されたのです。38 億年前の原始生命から現在の人間まで、「遺伝情報(ゲノム)の損傷と蓄積が、老いと死をもたらす」という物理的なメカニズムは、一貫して受け継がれています。
これら生物学的なメカニズムを紐解いていくと、一つの重要な真理にたどり着けそうです。それは、「なぜ生き物は死ぬのか」という問いに対する発想の逆転、といえるかもしれません。生物は「本当は死にたくないのに、不具合によって仕方なく死んでいく」のではありません。「死というシステムを持つものだけが、変化と選択(進化)を繰り返すことができ、38 億年という長い歳月を生き延びて、今ここに存在している」のです。もし仮に、38 億年前に出現した最初の RNA 分子が全く壊れず、死ぬことのない不老不死の存在だったとしましょう。地球上の限られた材料と資源は初期の RNA 分子によってすべて独占され、新しい変異体(新しい命)が生まれ出る余地は失われていたはずです。そうなれば、魚も、昆虫も、動物も、そして私たち人間という存在も、この地球上に誕生することはありませんでした。
個体(自分自身)にとって、老いや死は大切な生命や機能を失っていく悲しい出来事に見えます。しかし、種全体、そして地球上の全生命という大きな視点に立ったとき、死は「次の世代へ生命のバトンを渡し、新たな進化の可能性をひらくための究極の利他的行為(利他システム)」にほかなりません。われわれが今こうして命を営んでいるのは、過去 38 億年間に存在した無数の生き物たちが死を受け入れ、次の世代へバトンを繋いできてくれたおかげなのです。自分の死や老いを過度に恐れる必要はありません。私たちは皆、脈々と続く巨大な進化のバトンリレーの渦中にあり、命を未来へ繋ぐという偉大な役割を果たしているのですー明日へ続きます。
小林武彦先生の講演は動画でも視聴できます(東大の公式チャンネルです(
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