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当院と同様、第三者から承継して開業された先生のクリニックを見学させていただきました。

[2026.05.02]

先日、泌尿器科の学術集会としては国内最大の日本泌尿器科学会総会が京都府立医科大学教授・浮村  理 大会長のもと、国立京都国際会館にて開催されました。日本で最初の国立の会議施設で、気候変動に関する国際的な取り組みについて定められた有名な「京都議定書」は 29 年前にこの地で採択されました。

大変ユニークな建物で、ホールと会議場がオシャレな階段で空間としてつながっており、日本庭園が備わり、宝が池公園に隣接した敷地は神秘的な外観となっています。有名な建築家・丹下健三 さんの愛弟子・大谷幸夫 さんによる設計で、院長が大学時代に剣道参段を取得した「文京スポーツセンター」(文京区にあるオシャレな外観の体育館)など、本当にさまざまな名建築を遺した方の手によるものです。ちなみに川崎市にある「昭和時代の巨大な未来都市のよう」と形容される、3600 戸のマンモス団地、河原町団地を、院長は大学時代に建物をみるためだけにわざわざ行ったことがあります。

ちなみに大谷幸夫さんの師匠筋にあたる丹下健三氏。建築界の巨匠として今でも「世界のタンゲ」と呼ばれます。彼は第二次世界大戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、日本の国家的プロジェクトを数多く手掛けた、日本を代表する建築家・都市計画家です。彼は日本人建築家として最も早く国際的に認知され、建築家のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を日本人として初めて受賞しました丹下氏がいかに建築家として素晴らしかったか、建物を観るのが好きな院長がその功績を以下 4 つの視点から述べてみましょう。
 
1. 広島復興に見る都市的スケールのビジョン
丹下の建築家としての出発点であり、最も重要な功績の一つが広島平和記念公園の設計です。彼は旧制広島高校(現在の広島大学)で青春時代を過ごしたこともあり、広島という街を大変愛していました。

・「平和の軸線」の創出: 丹下は単に建物を配置するだけでなく、原爆ドーム、慰霊碑、平和記念資料館を一直線の軸線上に配置する壮大な都市計画を提示しました

・原爆ドームの「発見」: 当時、取り壊しの議論もあった原爆ドームを、平和を象徴するランドマークとして位置づけたのは事実上、丹下といわれています。この設計により、廃墟であった広島は「平和を創り出すための工場」としてのアイデンティティを獲得したといえるでしょう

・伝統とモダニズムの融合: 広島平和記念資料館の本館は、ル・コルビュジエ流のピロティ(柱で建物を持ち上げる手法)を用いながら、正倉院や伊勢神宮といった日本の伝統建築の精華をデザインソースとして結晶させた、戦後日本建築の記念碑的作品となりました

2. 構造と造形を融合させた世界的傑作
丹下は、当時の最先端技術を駆使し、機能と美学を極めて高い次元で融合させることに成功したと言われています。

・国立代々木競技場: 1964 年の東京オリンピックのために設計されたこの建物は、「吊り構造」を採用し、内部に柱が一本もない広大な空間を実現しました。その圧倒的な造形美は、世界に衝撃を与え、日本の国際社会への復帰を象徴するものとなりました

・東京カテドラル聖マリア大聖堂: HP シェル構造(双極放物面シェル構造:馬の鞍のような曲面を用いた薄い板構造の一種で、薄くても高い強度を持つことができるため、大空間や特徴的な曲面屋根に用いられます)を用いたこの建築は、上空から見ると巨大な十字架の形をしており、内部はコンクリート打ち放しの壁面が天に向かって上昇していくような荘厳な空間を生み出しています。ちなみに丹下氏はカソリック信徒でした。

・香川県庁舎: 日本の伝統的な木割りの美学をコンクリートで再現し、戦後の地方自治体庁舎のモデルとなりました。丹下氏の設計で日本近代建築の最高傑作のひとつとして、戦後の庁舎建築で初めて国の重要文化財に指定されています。香川県は有名建築家が設計した美術館や建物が本当に多く、一部では「建築王国・香川」と呼ばれていますので、近いうちに是非行ってみたい。そのときは 3 食うどんで。

3. 都市への情熱と「メタボリズム」の思想
丹下は「建築家としてトータルに都市をデザインすること」に生涯情熱を注ぎました

・東京計画 1960: 東京湾を横断する都市軸を提唱したこの計画は、実現はしなかったものの、世界中の建築家に大きな影響を与えたと言われています

・山梨文化会館とメタボリズム: 円柱の中に階段やエレベーターを集約し、将来の増改築を容易にする設計は、社会の変化に合わせて建築も成長するという「メタボリズム(新陳代謝)」の思想を具現化したものです

4. 後進の育成と国際的な影響力
丹下は自身の設計事務所や東京大学の「丹下研究室」を通じて、磯崎新、黒川紀章、槇文彦、谷口吉生といった世界的な建築家を数多く育成しました

・オーケストレーション: 丹下はスタッフに単に図面を書かせるのではなく、共同で設計する「プロダクション制」を確立しました。この手法により、大規模な国家プロジェクトを次々と成功させることが可能となりました。

・国際的評価の確立: RIBA(英国王立建築家協会)ゴールドメダルやAIA(アメリカ建築家協会)ゴールドメダルなど、世界の主要な建築賞を総なめにし、日本建築界の地位を世界のトップレベルへと押し上げました。丹下氏が、あとに多くの建築家が世界で評価される下地をつくったのは間違いありません。

丹下健三の素晴らしさは、単に美しい建物を建てたことにあるのではなく、建築を通じて「時代」と「都市」を創り上げた点にあります。彼の作品の多くは現在、重要文化財に指定され、後世に引き継ぐべき「リビング・ヘリテイジ(生きている遺産)」として再評価されています。丹下は、日本の伝統的な美意識を近代建築の語法で再解釈し、それを世界に認めさせた唯一無二の巨人であったと言えます。
 
彼が追求したコンセプトのひとつが「メタボリズム(新陳代謝)」。これは「社会の変化や成長に合わせて、建築も細胞が入れ替わるように増改築を繰り返していくべき」という思想だそうです。われわれの身体もまた、絶えず新陳代謝を繰り返すことで健康を維持しています。「常に変化し、再生し続ける」という彼の視点は、生命の力強さそのものを象徴しているようで、われわれの医療界にもつながるコンセプトではないかと思います。
 
海外に目を向けるのも大切ですが、円安の時代です。日本国内でまだ気づいていない素晴らしい自然・建築・文化などを改めて再認できればと思っております。
 
写真は、学会中に見学させていただいた、京都府城陽市内の「はら内科クリニック」院長・原 祐 先生です。当院と同様、いわゆる「第三者継承」でクリニックを引き継がれました。スペースをうまく使用されており、当院の院内整備についても大いに参考になりました。他院の見学というのは本当にためになります。学会等でお出かけしたときにはなるべくいろいろな施設を見て回ろうとあらためて感じました。
(写真掲載について、原先生より許諾をいただいております)

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