患者さんをみるときも研究論文を書くときも、宝物(貴重な知見や大切なデータ)は遠くではなく自分の足元にあることが多い。
昨日地域で総合医として働くことについてのやりがいについて簡単に述べました。現在院長の仕事は "かかりつけ医の立場" で行うものが多くを占めますので、日々の暮らしの中で "ときどき患者さんになる" 方を診療することが多いです。これが専門医の立場だとちょっと違うように思います。特に がん を入院で多く診ていたとき、担当していた方の多くが "入院している日々のほとんどが患者でときどき家族と話したり電話をしたりするときだけ素の状態になる" 方が多かったかもしれません。
ただ、どちらも人生に深く関わる仕事です。片方は密度は薄いかも知れませんが長く付き合うことで。またもう片方は濃密に付き合う時間を持つことで。
総合医がよく目指すカタチとして "Live locally, grow globally." という言葉があります。これは「地域に生き、世界に伸びる」という意味ですから、地域の患者さんをしっかり診ることでときに世界の医療に貢献できるような新たな知見を見出すことを視野においた素晴らしい姿勢を表しています。特に秦野のような非都市部では専門に縛られず多様な疾患や相談に対応する必要があり、医師としての広く守備範囲を構え、総合的な臨床能力を鍛える医師が求められるので、ジャンルを超えて患者に寄り添う総合医の姿は、まさに "live locally" を体現しているといえるでしょう。自分はまだまだその姿勢には達していませんので日々学習ですが。
しかし、この「地域で生きる」ことにはときに負荷も伴います。それは "すべてを背負う" プレッシャー。例えば急性虫垂炎の患者さん。これまで開院して 2 年少しでのべ 6 名の患者さんを紹介、手術してもらいましたが、この「紹介する」判断が難しいことがあります。「絶食・飲水・抗菌剤で乗り切れるかも」、というときでいわゆる "散らせる" かも、というときです。また、小児泌尿器科で「精索捻転」という、男性の精巣に行く血管がねじれてしまう病態があるのですが、子どもの痛がり方は大人よりもはっきりしないことがあります(痛いのか痛くないのか、いつから痛いのか、どんな風に痛いのかが成人よりも捉えづらい)。この病態は原則として緊急手術で精巣の "ねじれ" 有無を確認する必要があるのですが、診察している時刻が 18:40 くらいだったりすると、「もう夜だけど病院の先生に紹介してちゃんと対応してくれるかな・・・。開いてみて結局何もない可能性も十分あるけど本当に紹介したほうがよいだろうか、でも・・・」などと逡巡しながら病院の救急担当先生に連絡したりすることになります。
また、総合医は診療だけでなく、地域活動や行政との関わり、地域での学校保健(ここには若者への薬物乱用防止啓蒙をはじめとした啓蒙活動も含まれます)なども期待されるのが地方医療の現場。外から見れば “やりがい” でも、内側から見ると “終わりのない責務” に感じる日も全くないとは言えません。院長は好きなのでやっていますが。
さらに、"grow globally" のためには学会参加や専門知識のアップデートが必須なのですが、"live locally" のせいでその学びに制限がかかる場面もあります。時間、距離、リソースの壁。知識やネットワークを広げたい気持ちと、地域を離れられない現実とのせめぎ合い。特に学会で遠方まで出かけることになると休診にする必要があり、経営のことを考えるとその分が減収になるわけで。
それでも、上に紹介した言葉は、ひとつの希望が込められています。それは、「ローカルに実践したことは、やがてグローバルな価値を持つ可能性がある」ということです。たとえば、地域における医療(在宅を含む)、地域包括ケア、100 歳を超える超高齢患者への対応など、日本の地方医療の現場は、先進国共通の課題の最前線でもあります。われわれがこの地で試行錯誤している日々の営みこそ、やがて世界中で求められる知見となるかもしれません。つまり、地域に根ざして育まれる医療こそが、グローバルに通用する医療のタネになるかもしれないのです。
"Live locally, grow globally" は、単なるスローガンではなく、総合診療をしている開業医という生き方そのものを象徴しています。小さな町の一角で悩み、汗をかき、笑いながら生きていく。そこに世界とつながる芽が宿っている——。現在の医者人生は、決してローカルに閉じたものではない。むしろ、地域の土にこそ、未来への種がある。多忙な日々ですが、カッコよく言えばそんなことを考えながらまたクリニックを開院して疾患や症状を抱えた患者さんを迎えたいと思っております。
明日は本日から参加している「日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 2025」の様子についてレポートします。もう明日帰秦するので院長が見た範囲でのハナシになりますが。