手術や処置はそれが始まるまでに半分が終わっています。
さて、昨日「外科系の医者は "準備 5 割、手技 3 割、後片付け 2 割" という心構えが大切」と、夜明け頃の病棟でふと麻酔科の先生に言われたというエピソードを紹介しました。そのときは「ふ〜ん」という感じだったのですが、医師として経験を積めば積むほどこの言葉が手術や処置向上のために本質を突いていることが分かり、この言葉の深さを知りました。
これは手術や処置などの手技という “本番” そのものよりも、その前後にある準備と後始末のほうが、結果を大きく左右するというそれだけの意味です。ただ、複雑な低侵襲手術(ロボットとか腹腔鏡)や内視鏡処置、また採血や点滴ルート確保のようなシンプルな手技に至るまで、"手技" が関わる医療行為はまずは入念な準備、そして終わった後の後片付け、これは復習を含むのですが、がまた次につながっていきます。
それぞれ各論で述べてみましょう。
1. 準備 5 割 ― 成否の半分(もしくはそれ以上)はここで決まる
1-1. 物品と環境の整備
医療行為における準備は、単なる道具の並べ替えにとどまりません。
・必要な器具や薬剤がすべて揃っており、 それら(滅菌状態が保たれているなど)準備されているモノがすぐに使用可能か
・そもそも準備している手技が当該の患者さんにぴったりと合っている(よい適応)か
・うまく行かなかった場合に備えた代替手段の準備はあるか(その時間的・人的余裕はあるか)・・・こうした確認を徹底することは、患者の安全とスタッフの安心、さらには施設としての信用に直結します。手術中に「◯◯ がない」「△△のサイズが合わない」といった事態が起これば、それだけで手技を行ううえで極めて重要な "流れ" がズタズタになります。
1-2. シナリオの想定とシミュレーション
準備には “頭の中のリハーサル” も含まれます。たとえば、DVC(という、膀胱前立腺の前面にきわめて太い静脈群があります)から出血させてしまった場合、膀胱に縫合して繋げようとした尿管の長さが足りない場合、どのように腸管などの代替臓器を利用するか、など常に "プラン B" を想定し、あらかじめチームで共有しておくことが重要です。これにより「ベストならこんな感じ、最悪でもそんな感じ」でしっかりとその手技を行う上での本来の目的を達成することができるようになりますし、「想定外な事態」の最小化も可能です。
1-3. 心理的な準備
準備は器具や手順だけでなく、術者自身の心構えも含まれます。集中力を高めるためのルーティン(手洗いの所作、器具を並べる動作)には、心理的に “戦闘モード” へと切り替える意味があるのです。これはスポーツ選手が試合前に行うルーティンと似ています。院長はいつも手術前の手洗いでは「どの指から洗い始めて手首などの関節をどのように洗って・・・」みたいなことを完全に固定化していました。
2. 手技 3 割 ― 本番は「流れ作業」に近い
2-1. 準備が整えば手技はスムーズ
よく「野球は "流れ" のスポーツ」と言われ、例えば味方がエラーすると "流れ" が相手チームに行ってしまう、とされます。手技も通ずるところがあり、「しっかりとした準備がなされた手術は流れるように進み」ます。これは、準備段階でさまざまなリスクを想定しているからこそ可能になるもの。つまり、準備の成果をなぞるだけの “確認作業みたいな本番” が "良い手術" ということになります。
2-2. 技術よりも「再現性」
もちろん高い技術は重要ですが、医療現場では “芸術的な一発芸” よりも、誰が行っても同じように安全に行える再現性が重視されます。準備によってその再現性が担保され、手技中のブレを最小化できます。ですから "いつもと同じ" を大事にする術者ほど技術の向上が速い傾向があります。私見ですが。他の術者がやっている手技を取り入れてはいつもと違うことをする術者はなかなか成長しづらいものです。
3. 後片付け 2 割 ― 医療の持続可能性を支える
3-1. 後片付けは「次の準備」
手技後の後片付けは単なる清掃作業ではなく、次の患者さんや次の手技への準備に直結します。使用済み器具を正しく処理(特に手技を行った場合、針など危険なものは術者が捨てるのが最も安全)し、記録を残すことによって、医療現場の連続性が保たれます。
3-2. 医療従事者の学びと振り返り
後片付けの時間は、振り返りの時間でもあります。うまくいった点・改善すべき点を記録し、次に活かすことで、医療の質が継続的に向上します。運動部でよく行われる “ミーティングという名の反省会” と同じかもしれません。
こう考えていくと、「準備 5 割、手技 3 割、後片付け 2 割」は手技に限りません。
・外来:予約患者さんの前回の診療内容をあらかじめカルテで確認しておく
・院内のミーティング:振り返りの内容、これから始まる新しい治療などについてマニュアルのたたき台をつくる
・クリニック経営:いくらでも仕事がありますが、なるべく「自分から仕事を追いかけて、仕事から追いかけられない」ように "締め切り" を意識して業務をこなす
など。つまり、どんなことでも「本番は氷山の一角にすぎない」ということが根底に共通しているように感じます。
患者さんにとって医療の “見える部分” は、医師が行う手技や手術の最中だけかもしれません。しかし実際には、その前後に多くの時間と労力が費やされており、その部分が施行される手技のクオリティに大きく関わる、ということを少しだけ知っておいていただけると嬉しいです。
・・・本日も外来診療で少し疑問に感じたことなどを少し調べてから寝ようと思います。
