政情が不安定な昨今ですが、政治家の気持ちが少しだけ分かるお仕事をいただいた経験を思い出しました。
石破首相が辞任を発表し、最近は自民党次期総裁についていろいろと報道されていますね。歴史を振り返ると日本の近現代政治には、「政局の混乱」「首相の短命」「党内抗争」「派閥政治」など、一定の “荒れた局面" は繰り返されてきました。具体例を見てみましょう。
- 戦前・大正デモクラシー期は政党政治が未成熟で、貴族院・軍部の強い影響、政党同士の連立や分裂などが頻発。政党の実力や政策よりも勢力争い・権力闘争が目立ちました。
- 戦後〜高度経済成長期:いわゆる 55 年体制を確立し安定が長く続いたものの、裏では派閥抗争・利権政治・公共事業をめぐる癒着などの問題が常にありました。与党内部の不一致もたびたびあり、安定はすぐ背後の混沌と隣合わせでした。
- バブル崩壊後〜平成の混乱期:経済政策の迷走および連立政権の頻繁な交代、短命首相も多い時期。戦後最も多く政党再編が起きた時期。
- 安倍政権〜現在:安倍晋三首相による長期政権が例外的で、ほかは経済格差・社会保障・外交・安全保障などで問題が山積し、現在の「衆参両院与党過半数割れ」に至る。
こう見てみると、戦後は「政治が安定していない」「政局が頻繁に変わる」「政党・政権が内部での力学や選挙結果によって左右される」が日本政治、というか度の国もデフォルトなのかもしれません。外国の政治史は全く知らないのですが。
こういった混乱や混沌に満ちた業界におられるせいか、政治家や官僚の言葉はわかりづらい。いわゆる玉虫色の発言が多く、読解するのが大変、というか理解はほぼ不可能な印象があり(石破首相が「掲げました政策が、当選をしたのだからこの通りにやるということにはなりません」と開き直った答弁をしたときはさすがにびっくりしましたが)、悪態をつきたくなるときもしばしば。「もう少しわかりやすく言えよ、と。
しかし、そんな彼らの気持ちが少しだけわかる経験をしたことがあります。それは『診療ガイドライン』
自分が関わったものは『後腹膜肉腫診療ガイドライン』という、極めてマイナー(だからこそ重要ともいえるのですが)な疾患のガイドライン、すなわち診療指針です。
この診療ガイドライン、関わった立場の自分が言うのもなんですが、読みにくくて眠くなります。なぜかというと、「公的なものなので絶対に間違いがあってはいけない」からです。これにより「筆者の思い」を載せることはできず、ある診療方針についてまだ確定的な意見が出ていないくらいの段階では、賛成反対どちらの陣営からも文句を言われないように書かないといけません。すると自然に「科学なのに文学的」な表現になるんです。これは作成チームの自己防衛というか、「これまですでに発表されているデータで確定的なことは断言できるけどそれ以外のことはあまり偉そうなことは言えないので「◯◯ をすべき、と述べている研究もあれば △△ をしたほうがよい、という研究もある」という項目を「〜らは ◇◇ について ▽▽ であると報告しており、今後さらなる知見の蓄積が期待される」みたいに書かないといけなくなります。「・・・だから現時点ではどうすればよいのよ?」と、まるで自分が上で述べたように政治家や官僚についていた悪態がブーメランで戻ってきたような言葉を浴びせられそう。
何事も逆の立場になるといろいろと見え方が変わるものです。当院でも、本当に申し訳ないのですが患者さんをお待たせしてしまうことがあります。そんなとき患者さんがやや厳し目な口調で「まだ呼ばれませんか?」とかクラークスタッフに聞いているのを耳にすると、申し訳ないとは思いつつも、「スタッフにそんなふうに当たらないで」と心の中で思ってしまいます。しかし一方で自分が患者として歯科や眼科に通うことになって予約時間を過ぎてもなかなか呼ばれないと、若干心がささくれ立つようなときがあります。たくさん患者さんを診るために患者さんのハナシを聞きつつも急いで外来診療を行っている医師の気持ちは誰よりもわかっているはずなのですが。
立場が逆になると、見える景色も、感じ方もがらりと変わります。患者さんからすれば「自分の貴重な時間をただ待つだけの時間にしてほしくない!」と思うのは当然。一方で、診療中の医師も「患者さんひとりひとりの満足度を下げることなく多くの患者さんを全力で診療するよう努めているのだからこちらの気持ちもわかってほしい!」。どちらも本音で、院長はどちらもわかります。
ただ、日々診療をしているのでどうしても医師側の意見に偏りがちなので、(病気になりたいわけではないのですが、歯科の検診や腰痛の相談などで)医療機関に患者として受診することは大変勉強になります。待合室のレイアウトとか患者さんの導線も参考になりますしね。こうした体験は医療に限らず、上司と部下、教師と生徒、親と子、あらゆる人間関係で起こりうること。立場を入れ替えるシミュレーションを頭の中でするだけで、驚くほど心が和らぎ、行動が変わることがあります。
本日息子が何度起こしてもなかなか起きずにイライラしてしまったのですが、例外なく、親は子どもであったことがある生き物です。自分が若かったころに、おばあちゃんに何回起こされても起きずに午前中の授業を休んでしまった記憶を思い返して、広い心で構えたいと思います。ちなみに最終的には息子は仕事には遅れないように起きましたのでまあ御の字ということで。
