教授とか一流病院の診療科長になるひとは見た目がよいひとが圧倒的に多い気がするのでルッキズム反対!とかいっても実力があって見た目もいいひとが上に立つほうが下は喜ぶと思います。
自分では言葉を慎重に選んだつもりなのに、なぜか相手に伝わらなかった。あるいは、良かれと思って言ったことが誤解されてしまった。そんな経験、誰しも少なからずあると思います。これは患者さんとわれわれ医療者間で話をしているときにもありうること。患者さんは「本当の自分」を理解してほしいと願っていますが、一方で医療者は(当院ではなるべくそうしないようにしているつもりなのですが)(ひとりの人間ではなく)「患者」として捉えてしまうことがあるのでコミュニケーションに "ズレ" が生じるのです。こうなると患者さんの思いと、われわれが提供する医療のあいだには、しばしば大きな隔たりがあります。こんなとき、少しでもズレを解消するためには「コトバそのものではない意思疎通(すなわち、非言語的コミュニケーション)」が重要になってきます。
以前『人は見た目が 9 割』という、ルックスで女性にモテたことがない院長にとってはツライ宣告のようなタイトルの本がベストセラーになりました。ただこれは、タイトルだけを読むと、「外見至上主義」を肯定しているかのような挑発的な主張に聞こえてしまうかもしれません。しかし、その内容をよく読み解くと、そこにはもっと深い意味があります。ここで言う「見た目」とは、整った顔立ちや流行のファッションのことではありません。人と人がつながる仕組みそのものを指しているのです。
この本で「見た目がよい」とは、単純に "イケメン" とか "美人" とかいう意味ではありません。清潔感がある、姿勢がよい、声が明るい、目が生きている。つまり「この人についていきたいな」と思わせる雰囲気をまとっている、ということです。人間は、悲しいかな視覚の動物です。脳科学的にも、第一印象は数秒で決まり、その影響はかなり長く続くといわれています。理屈より先に、印象が走る。これは進化の産物で、「安全か危険か」を瞬時に判断するための仕組みです。合理的かどうかは別として、そういう生き物なのです。
実際、院長は泌尿器科医の同期で東京女子医科大学・名古屋大学・愛知医科大学などで教授になっている仲間の先生がいますが、皆若くエネルギッシュに見えます。そして母校の東京科学大学でも同期で血管治療科(脳神経外科のひとつ)の主任教授は学生時代からものすごくイケメンで通っていた先生でした。院長の博士論文提出において、度重なる親身な指導をしてくださった東京科学大学病院長も 60 代とは思えないくらいスラッと背が高く、見た目がよいです。上に立つひと、というのはやはりかっこいいのがある程度デフォルトといってよいみたいです。
ですから院長はこれまで、「見た目も仕事のうち」とどこかで思っていました。白衣はきちんと。姿勢は伸ばす。髪型もそれなりに整える。そしてありがたいことに、40 代後半にしては「若いですね」「元気そうですね」と言っていただくこともありました。行ってくれるのは若い患者さんやスタッフではなく、60〜90 代のおねえ様方ですが。ただ、こういうことを言われると内心、「まだいけるかも」と思っていたのも事実です。
しかし!
最近ついに来ました。前額部の毛髪減少です・・・。いや、医学的に言って誤魔化そうとしてもダメ。ようするに "ハゲ" です。院長は髪質や顔面の系統がどこをどうとっても父親似です。一方母親は 80 代を迎えても毛量が多く、髪質も硬い。なかなか抜けなさそうな感じ。父親は 50 歳くらいの頃にはもうだいぶハゲていたようです(もうその頃両親が別れていて院長は母親に養育してもらったのでほとんど記憶がないのですが)。
中年男性の多くが迎えるこの "ハゲ現象"(つい文字変換で「減少」と出てくる Mac の Word にイラッとします)、明日はこれについて予想される展開を考えてみましょう。
スキンヘッドにしてもカッコいい西洋人を目にするとなんだか羨ましくなる今日この頃。
