新しい疾患概念が出てくるとついついその "流行" に乗ってしまうことがありますが、そこは慎重でいたいと思います。
少し前から泌尿器科領域で初診の患者さんが増えてきている疾患があります。それが LOH(Late Onset Hypogonadism)症候群。一般には「男性更年期障害」などと呼ばれています。当院でも日々の外来でこの診療にかかわるケースが少なくとも数名はいらっしゃいます。10 年くらい前なら泌尿器科外来でこの病名をつけることがほとんどなかったことを考えると、比較的新しく、注目されている疾患群であるといえます。ただ、この LOH 症候群。メカニズムや実態、本当に有効性の高い治療がまだ十分に解明・評価されておらず、われわれ泌尿器科やメンズヘルスの研究者の間でも現状 "手探り" で症例を集積している中途である、というのが実際です。
治療の第一が "テストステロン(男性ホルモン)の補充" なのですが、これについても注射(筋注)するのか、軟膏(塗布)がいいのか、はたまた最近欧米で用いられるようになった経口薬(これまで開発された内服テストステロンは肝機能障害のリスクが極めて高かったのですが、その問題点をだいぶ解決した錠剤が利用可能だそうです。まだ院長は実物をみたことがありません)でよいのか。このように投与経路についてもまだ決着がついていません。
さらにこの LOH 症候群、「(特に自費診療を提供する医療機関で)過剰診断・治療されている」「有害事象についての懸念が十分評価されていない」「内因性(自分で生成できる)男性ホルモンの低下につながり長い目でみるとむしろ治療したほうが生活の質が低下するおそれもある」など、いくつかの批判も出ています。
特に LOH 症候群では "うつ" などの精神疾患と鑑別が難しいケースもしばしば経験されます。そういった患者さんに適切な心療内科・精神科的評価を行うことなく(しばしば高額であることが多い)自費での治療を勧めてそちらに誘導する、というのは医療の倫理からしても問題があります。
院長は LOH 症候群が「男性更年期障害」と訳され、女性のそれと対比されあたかも "更年期だから誰にも起こり得るよネ" みたいな雰囲気が醸し出されていることに違和感があります。この風潮には「自費診療クリニックによる、患者のウェルビーイングよりも、エグゼクティブな男性にリーチするようにターゲットを定めて自院の利潤を追求する姿勢」も加担していると思われます。このことについて、適切な LOH 症候群に対する診療を続けていくにはどのような姿勢でわれわれ泌尿器科医は臨めばよいでしょうか。
以下、院長自身も明確な答えを出せませんが、今後の症例解析や研究データ蓄積により解決していくべき点を箇条書きしてみます。
・LOH 症候群の(特に日本人における)大規模データに基づく有病率の同定
・中高年になる、すなわち加齢と LOH 症候群を鑑別する方法
・ホルモン補充療法を行うべき適切な対象の同定
・男性ホルモン補充薬の適切な投与経路
・うつなどの精神科疾患との適切な鑑別方法
ただし、"病名があること" の効用もあるのです。これまで中高年女性には「更年期障害」という病名が随分前からあり、その対処法としての治療薬も貼付剤・経口薬・塗布剤などいろいろとあります。漢方やサプリメントも広く使用されています。一方男性は "ミドルエイジ・クライシス" という言葉はありましたが、これは病名とはいえず、中高年のメンズヘルスが置き去りにされてきたという事実があります。それに対して「少し広い概念の症候群で、拾い上げすぎてしまうことはあってもまずはこういった病態がありうる、ということを世の男性たちに知ってもらう」ためには病名は必要です。やっと休みをとって診察に行ったのに、医者から「単なる疲れでしょう」とか「ストレスでしょう」と言われたら「いや、そんな一言ではこのなんともいえない症状は言い表せない・・・」と感じる患者さんがいるのは自然のこと。「LOH 症候群でしょう」病名があることで明らかに "楽になる" 患者さんが一定数はいます。
医師の仕事のうち大きな部分を "患者さんの症状を身体的にも心理的にもやわらげること" が占めます。当院ではいろいろなことを考えアタマでバランスをとりながらこの症候群に対応してまいりたいと思っております。
