書かなくなりましたが、開業してからも原著を 21 篇査読していたので本当にわずかですが医学に貢献できているかも、と思っております。
開業してから 3 年、主たる著者として論文を書くことから離れてしまいました。勤務医時代は臨床・研究双方の面でアクティブな施設に勤めていたので論文を書く機会が何回もありましたが、開業するとなかなか難しい。というか、ほかにどうしてもやるべきことが増えて、(論文を書いていた頃には AI などなかったのでひたすらアナログに書く方法しか院長は知らないため)多大な時間を要する論文執筆にはちょっと手が出せない状況です。症例報告のタネはあるので来年から 1 年に 1 本は書こう、と思っていますがどうなることやら。
さて、院長は論文は書いておりませんが、読んではいます。しかも発表前の出来たてホヤホヤ、パンで言えば「まだ焼き立て」状態のものです。それは、「査読(ピアレビュー)」というカタチで。査読とは「学術雑誌(ジャーナル)に投稿された論文を、同分野の専門家(査読者)が精読し、内容の妥当性・新規性・重要性・研究倫理を評価・検証する」という、非常に重要なプロセスです。この審査を通った論文のみが掲載されることで、研究の質と学術雑誌の信頼性が保証される・・・ことになっています。
学術論文の世界において、「査読システム」は、長らく研究の質を担保する根幹として機能してきました。ここでは、ピアレビューシステムの意義と現状について述べてみます。
まず、査読制度の最大の目的は「研究の質の担保」です。研究者が投稿した論文は、同分野の専門家(peer, 同業者とか同僚とかいう意味です)によって評価されます。この過程で、方法論の妥当性や結論の信頼性、既存研究との整合性などがチェックされます。
これにより、
・明らかな誤りや不正の排除
・データ解釈の妥当性の確認
・研究の新規性・意義の評価
が行われ、一定の品質を満たした研究のみが公表される仕組みになっています。また、査読は単なる「合否判定」ではなく、著者へのフィードバックとしても機能します。実際、多くの論文は査読コメントを受けて改善され、より洗練された形で世に出ます。このプロセスは、若手研究者の育成という側面も持っています。さらに、査読付き論文という形式自体が「信頼性のラベル」として機能しており、臨床現場や政策決定においても重要な役割を果たしています。医療の現場では、査読を経たエビデンスに基づく意思決定が診療の基本となるため、この仕組みの社会的意義は非常に大きいと言えるでしょう。
しかし、この制度は決して万能ではありません。いくつかの構造的問題が指摘されています。
1. バイアスの存在:査読者も人間である以上、完全に客観的とは限りません。著名な研究機関や有名研究者の論文が有利になる「ネームバリュー・バイアス」や、自分の研究分野に近いテーマを過大評価する傾向などが知られています。
2. 再現性の問題:査読は主に論文の記述内容を評価するものであり、実験の再現そのものを確認するわけではありません。そのため、査読を通過した論文であっても、後に再現できない(再現性の危機)という問題が起こり得ます。
3. 時間と労力の負担:査読には多くの時間がかかります。投稿から掲載まで数か月から 1 年以上かかることも珍しくありません。その場合は著者と査読者の間で何度も何度も論文を介したやりとりが頻繁に行われます。この間査読者はほとんどの場合、無償でこの作業を行っており、研究者コミュニティの善意に依存している側面があります。通常の出版であれば原稿をチェックする編集者が報酬を受け取ることなくこのような作業をすることはないため、現状では査読者がジャーナルを出版している企業のために無償労働しているカタチになっており、"出版社丸儲け" の状況が生まれています。
4. 保守性(イノベーションの阻害):査読者は既存の知識体系に基づいて評価するため、革新的すぎる研究や既存パラダイムに挑戦する研究は受け入れられにくい傾向があります。結果として、学術の進歩を逆に遅らせる可能性も指摘されています。「画期的な論文ほど理解されない」というのは(確かニュートンもそんな経験をしたとかしないとか)いつの時代でもありうること。査読者のほうが「新しい考え方についていけない」ときにみられる事象です。
これらの問題点を整理してさらに論文査読をよいものにしていくためには
・査読の可視化と評価:「よい査読」を評価する文化。ORCID(Open Researcher and Contributor ID の略でオーキッドと呼ばれます。国際的な永続識別子で、研究者や学術貢献者を識別するための ID。院長も査読するときは必ず登録するようにしています)と連携すれば業績化は容易なはず。
・査読者トレーニングシステムの開発:医師は、論文を書く訓練は先輩からいろいろ教わりますが、査読の教育はありません(少なくとも院長はほとんど受けた覚えがありません)。きちんとした査読者トレーニングコースを、ピアレビューシステムで恩恵を受けているジャーナル側主導で構築するのがよいと思います。
・オープンピアレビューの導入:査読者コメントや査読者名を、可能な範囲で公開する。これにより利益相反の防止や不誠実な査読の抑制につながります。もちろん若手研究者が著者を批判しづらくなるため、導入にはかなり慎重な態度が求められますが。
明日はこうした査読制度と密接に結びついている、学術出版社によるビジネスモデルについて述べてみます。学術雑誌社はちょっと儲け過ぎでは?と思ってしまう状況がここ最近続いているように感じますので少し辛口な意見になるかもしれません。
