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最近ヒトの顔を見るときについつい "ジッ" とみてしまうところ。

[2026.09.03]

院長はあまり歯並びがよくありません。昔から母親やおばあちゃんから可愛がられて育てられたおかげで、やわらかないものをありがたくもたくさん食べさせてもらったからかもしれません。欧米ではよく中高生か遅くても成人になる頃には歯科矯正を終えているひとが多いと聞きます。ただ今後、さらに歳を重ねて歯周病リスクが上がってくることを考えるとこの年齢でも矯正したほうがよいかもなぁと思っております。一度歯科の先生と相談してみます。

"歯" つながりの話題になりますが、最近の若い方々、特に芸能人やインフルエンサーは顔、または顎が小さいなぁ、と思いますね。源氏物語絵巻などを見ると「しもぶくれ」が美人の条件だったようですので、ヒトの顔面に関する美醜の判断は時代により変化していくものでしょうがい、少なくとも現代の日本では、「小顔」「すっきりしたフェイスライン」「細い顎」といった特徴が、美容上の魅力として語られることが多くなっています。これは日本だけではなく、先進国を中心とした美容文化にもある程度共通しているのではないでしょうか。

では、もし人間が「顎の小さい異性」を好むようになったら、人類の顎は将来どんどん小さくなっていくのでしょうか。ここで登場するのが、進化論における「性淘汰」という考え方です。進化というと、「環境に強いものが生き残る」というイメージを持っている人が多いと思いかもしれません。もちろんこういった要因もあるようですが、生物にとってもう一つ大切なのが、「子孫を残せるかどうか」です。

たとえばクジャクの雄の大きな尾羽。あれほど派手な羽は、逃げるにも隠れるにも邪魔でしょう。生存だけを考えれば、決して合理的とは思えません。ところが雌のクジャクが「大きく立派な尾羽を持つ雄」を好み、その雄がより多くの子孫を残すのであれば、立派な尾羽をつくる遺伝的特徴は次の世代へ伝わりやすくなります。これが性淘汰 sexual selection と呼ばれる概念です。

仮に、人間社会で「顎の小さい人のほうが魅力的」と評価され、実際にそういう人ほど配偶者を得やすく、さらに多くの子どもを残す状態が何世代にもわたって続いたとしましょう。しかも顎の大きさに十分な遺伝性があれば、理論上は「顎が小さい」という特徴に性淘汰が働く可能性があります。

ただし、「小顔がモテる」ことと「小顔への性淘汰が起きている」ことは同じではありません。現代社会では、恋愛や結婚と子どもの数は必ずしも一致しません。現代はいくらモテても結婚しない人もいますから、進化論的に動物学の。美容整形や歯列矯正のように、遺伝子とは関係なく外見を変えることもできます。したがって、現代人の小顔化をそのまま「性淘汰の結果」と断定することはできません。しかし、進化を考える思考実験としては非常に面白い題材ですね。

「特定の外見を選び続けると生物はどう変わるか」を非常にわかりやすく示しているのが犬です。犬はすべて同じ祖先から家畜化されてきたにもかかわらず、現在ではチワワからグレート・デーンまで、同じ動物とは思えないほど姿が異なります。これは人間が、「小さい犬がいい」「脚の短い犬がいい」「鼻の短い犬がいい」などと特定の特徴を持つ個体を選び、交配させ続けてきた結果です。これを人為淘汰 artificial selectionといいます。

ブルドッグはその一例です。短い鼻、幅広い顔、下顎が前方に出た特徴的な顔貌など、人間が好む特徴を持つ犬を繰り返し繁殖に使うことで、その特徴が強調されてきました。つまり、「誰を繁殖させるか」という選択が何世代も積み重なると、生物の形そのものが変わってしまう。人為淘汰は、そのことを非常にわかりやすく見せてくれます。そして自然界では、人間の代わりに「環境」が選別を行います。

このことを自然界で見事に観察した研究者が、ピーター・グラントとローズマリー・グラント夫妻です。夫妻はガラパゴス諸島のダーウィンフィンチを何十年にもわたって観察し、くちばしの大きさを測定し続けました。1977 年、島は厳しい干ばつに襲われます。小さく柔らかい種子が減ってしまい、残ったのは大きく硬い種子でした。こうなると有利なのは、大きく強いくちばしを持つ鳥です。大きなくちばしを持つ個体のほうが生き残りやすく、子孫を残したため、次の世代では集団の平均的なくちばしが大きくなりました。ところが、その後大量の雨が降って植物相が変わり、小さく柔らかい種子が豊富になると、今度は反対に、小さなくちばしを持つ鳥が有利になる状況が生まれました。

つまり、大きなくちばしへの進化が始まったと思ったら、環境が変わると反対方向への選択が起こった。グラント夫妻の長期研究は、進化が実際に私たちが観察できる時間スケールでも起こりうることを鮮やかに示しました。ちなみに、このグラント夫妻の研究を描いたジョナサン・ワイナーの『The Beak of the Finch』は、1995 年にピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門を受賞しています。

この話で私がとても面白いと思うのは、"進化には方向性がない" こと。われわれはつい、「原始的 → 進化 → 高度」という一本道を想像してしまいます。しかし実際には違います。大きなくちばしが「進化した形」で、小さなくちばしが「原始的な形」なのではありません。硬い種しかない世界では大きなくちばしが有利。柔らかい種がたくさんある世界では小さなくちばしが有利。ただそれだけです。環境が変われば、「有利」の意味も変わります。進化とは、生物が何か理想的な完成形を目指して進歩していく現象ではありません。その時、その場所で、より多く子孫を残した特徴が、次の世代に少し多く残る。その積み重ねです。

人間の顎については、さらに興味深い問題があります。院長のそうでしたが、現代人は昔の人類に比べて非常に柔らかく加工された食品を食べています。肉も加熱され、野菜も調理され、米もパンも柔らかい。子どものころから、「何十回も力いっぱい噛まなければ食べられない食品」を口にする機会はかなり少なくなりました。咀嚼による機械的負荷は顎の成長に影響するため、柔らかい食事が多い環境では顎顔面の発育が変化する可能性があります。動物実験では軟らかい食餌によって下顎骨や顎関節周囲の発達が変化することが示され、人類学的にも狩猟採集民と農耕・都市生活者では下顎骨の形態に違いが認められています。

ただし、これもすべてを「進化」で説明するのはよくないでしょう。同じ遺伝子を持っていても、成長期にどれだけ噛むかによって骨格の発達は変わります。これは発達・環境による変化です。一方、何世代にもわたって顎の小さい人ほど多く子孫を残し、その遺伝的特徴の割合そのものが変われば、それは進化です。似ているようで、まったく別の話です。

では将来、人類はみんな小顔になるのでしょうか。これは誰にもわかりません。仮に現在、「小顔」が魅力的だとする文化的傾向があったとしても、100 年後にも同じ価値観が続いている保証はありません。しかも顎が小さいことには、必ずしも機能的なメリットばかりがあるわけではありません。歯が並ぶスペースが足りなければ叢生や埋伏歯の問題が生じますし、下顎が極端に小さい、あるいは後退している場合には気道との関係も問題になります。

つまり、「見た目として好まれること」と「身体機能として有利なこと」も同じではない。ここが進化の面白いところです。ブルドッグを格好いいと思って選び続ければ、あの特徴的な顔をつくることができます。干ばつが起これば、ダーウィンフィンチの大きなくちばしが有利になります。雨が降って柔らかい種が増えれば、今度は小さなくちばしが有利になる。そして人間では、食生活、医療、文化、美意識、恋愛観など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。進化には、「こちらへ進むのが正解」という矢印はありません。あるのは、「その時々の環境の中で、どの特徴が次の世代へ残りやすかったか」だけです。

私たちはつい「進化」という言葉を「進歩」と同じ意味で使ってしまいます。しかし、生物学における進化はもっと淡々としています。環境が変われば、有利なものも変わる。昨日有利だった特徴が、明日は不利になることさえある。人間の「顎」を眺めるだけでも、そんな壮大な進化の原理が少し見えてくるのです。そんなわけで最近、初診の患者さんをみるときは顎ばっかりみてしまいますがどうか気になさらずにお願いします。

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