本日多くの自由契約選手を発表した阪神タイガースの報道をみて思ったこと。
阪神タイガースが 2 リーグ制にわかれて史上最速で優勝を決めてからもうすぐ 1 ヶ月。今年は本当に強かった!早く決めすぎてこれから始まるクライマックスシリーズが心配になるほどです。幸せな心配。
しかし、そういっためでたい雰囲気のなかですが、本日タイガースが球団として 7 名もの戦力外を通告した選手を発表しました。そのなかには 2021 年のドラフト 1 位、まだ 22 歳の森木大智投手や、2022 年の育成ドラフト 1 位で力強いスイングが特徴の、まだ 25 歳の野口恭佑選手、さらにはつい 2 年前のオリックス・バファローズとの日本シリーズで活躍した、2013 年北海道日本ハムファイターズドラフト 1 位で 2022 年に移籍してきた渡邉諒選手(まだ 30 歳!)など、素晴らしい素質をもつプレイヤーも多数含まれています。・・・なんて厳しい世界でしょう。そんな世界で生きている彼らが「早く稼ぎたい」「体が動くときに少しでも高額の年俸を掴み取りたい」と考えることは全く自然なことです。しかし、最近の "直美(ちょくび: 研修医生活を終えた若手が "まとも" な皮膚科・形成外科などの修練を積むことなく美容外科医として勤務するスタイル。だいぶ一般的な言葉になってきました)" に進む若い先生方が「はやく FIRE したい」とか言っているのをみると、「それはどうだろう・・・」と思ってしまいます。老婆心ながら。
FIRE とはネットや SNS でよく目にする "Financial Independence, Retire Early" という言葉です。これもだいぶ一般化しましたね。"正式 FIRE スタイル" は「20 代から猛烈に働いて資産を築き、30〜40 代で "働かなくてもいい状態" となる=金融や土地資産などの "あがり" で生きていく」のだそうで、院長は個人的には全くこのことに魅力を感じません。背景には「終身雇用の崩壊」「年金不安」「副業や投資情報へのアクセス容易化」などがある、としたり顔のコメンテーターや社会学者が語ったりしていますが、院長は、目指しているヒトには申し訳ないのですが、現代人の "劣化" としか思えないからです。
特に医師が FIRE を目指してしまうと悲惨ではないかと。医学は日進月歩で、一生勉強できる職業。ずっと勉強できる。これは結構幸せなことだと思うのです。「ヒトのからだ・こころを含めたすべて」という、あまりにも身近ながら生命の神秘というヴェールに包まれた人間そのものを対称とする医学とそれに基づく医療を主人公として担うことができるんです。まあせめて若い頃はツライこと、面倒なこと、大変なことを経験しても良いのではないでしょうか。過労死しない程度に。
もし研修医終了時点(最短で 26 歳)で FIRE 目的で知識の習得やスキルの向上を放棄してしまうと
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視野の狭まり:20 代の経験不足で「自分の世界」が固定される
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変化への対応力低下:人生 100 年といわれる現在、30 代でリタイアしたら 60 年以上もあるのです。途中で物価や制度が変わったらどうするのでしょう
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成長の機会損失:仕事や挑戦の中で得られる人間関係・学びを早々に切り上げてしまうことでヒトとしての成長機会が著しく失われてしまう
上記のような大きな不利益があることは容易に想像できます。
人生の早い段階で大きな方向性を持つのは悪いことではありません。ただし 「固定」ではなく「可変式フレーム」での方向性がよいのではないでしょうか。30 代で経済的自由を得ても、学び直し・新しい仕事・地域活動などを始めることができる社交性や柔軟性、「お金を得たら終わり」ではなく、「お金を土台にして次の挑戦をする」という発展的発想。こういった生き方をするのに「医師」というプロフェッショナル性を求められる職業はかなり向いているのではないかと思うのです。
医療現場でも「早い段階で治療方針を決めすぎる」と、後から柔軟な対応が難しくなることがあります。たとえばよく前立腺がんでは「手術」と「放射線」で治療方針を迷う方が多くおられます。前立腺がんは一般的にゆっくり進行する悪性腫瘍で、「ゆっくり考えて決める」ための時間が十分にあることが多い。「このステージなら少し経過をみてその間に考えましょう」が可能です。そのまま経過をみていて結局進行しないケースもあったりします。
最近はコスパだタイパだとかまびすしいですが、人生には「生き急がず、まずは目の前にあるタスクを粛々とやっていく」というスタンスも重要なのではないかと思います。
とりあえず、阪神を自由契約になった選手たちの今後に幸あらんことを祈るのみです。
