松下幸之助 先生も『親孝行したいときには親はなし』と言っていますで忙しさを言い訳にせず親にはこまめに連絡します。
最近あらためて時間を見つけては米国の医療ドラマにおける金字塔、『ER 緊急救命室』を観たりしています。やっぱりグリーン先生が元気でいる頃までのストーリーが好きだなぁ、とかしみじみ思ったりしています。あと、ロス先生が何度観てもカッコよすぎる。あのルックスならそりゃまぁモテるだろう、とキャロルにツッコミをいれながらふたりの関係がうまく行くよう期待しながら観たり。
ドラマ中の彼らもそうですが、医師という職業は、しばしば「忙しい」「休めない」「家庭との両立が難しい」といった言葉とセットで語られます。実際、外来診療、病棟管理、緊急対応、学会、研究と、やるべきこと、やりたいことは本当にたくさんあって、時間はいつも足りていません。特に若手の頃は患者さんと向き合う責任の重さの大きさから、私生活の多くを仕事に捧げる医師は少なくありません。最近は医師も「ゆるキャリ」志向になってきている、という新聞記事もあるように、変わりつつありますが、おそらく一部の「ハイパー」な若手は相当数いまだに存在し、技術や知識の向上ならびにケアや医療チームマネジメントに懸命になっていることでしょう。院長自身も開業する前まで、いやまあ現在もそんな感じです。
ただ、そんな日々の中で、ふと立ち止まったときに頭をよぎるのがそ「親」です。
多くの医師にとって、現在の自分がいるのは親(またはその存在に準じるひと)の支えがあったからこそ。幼少期からの習い事や受験のための準備費用、長い大学生活を支える金銭的・精神的なサポートに(院長が若手だった当時は)安い研修医給与の補填(院長は医師になって数ヶ月、当時の研修医は月給 10 万円前後だったのと、当直のバイトが少なくて当時から高かった東京都文京区ワンルームの家賃が足りずに援助してもらっていた記憶があります)など。医師になるまでの道はそれなりにタフで、道中家族の理解・サポートは大きな助けでした。院長は父親がいなかったため、ひとりで稼ぎ、ひとりで大学まで通わせてくれた母親には本当に感謝しています。
しかし、医師として働き始めると、その「感謝」を言葉にする機会は減っていきます。医師になってからの生活は、まさに時間との戦い。朝早くから夜遅くまで働き、休日もオンコールや勉強に追われる。気がつけば、親とゆっくり話す時間も取れないまま数か月、数年が過ぎてしまうことも珍しくありません。
「忙しいからまた今度」
「落ち着いたら帰るよ」
そう言い続けているうちに、親は確実に年を重ねていきます。
医療の現場では、日々「時間の有限性」を痛感しています。昨日まで元気だった患者さんが急変することもある。人生には、いつ終わりが訪れるかわからない。その現実を誰よりも知っているはずの医師自身が、親との時間についてはどこか楽観的である――これは少し皮肉な話かもしれません。
では、親孝行とは何でしょうか。高価なプレゼントでしょうか。旅行に連れて行くことでしょうか。もちろん、それも一つの形です。しかし、多くの親にとって本当に嬉しいのは、もっとシンプルなことではないでしょうか。
「元気でいること」
「顔を見せること」
「少し話をすること」
外来で高齢の患者さんと話していると、よくこんな言葉を耳にします。
「子どもは忙しいからね、なかなか会えないのよ」
「電話があるだけでも嬉しいんだけどね」
その表情には、寂しさと同時に、子どもを思いやる気持ちがにじんでいます。医師として患者さんのご家族関係を見ていると、「特別なこと」よりも「日常の小さな関わり」がどれほど大切かを実感させられます。
医師という職業には、親孝行という観点から見ても特有の側面があります。一つは「健康」に関わる知識と視点を持っていることです。親の体調変化に早く気づける、適切な医療機関につなげられる、生活習慣について助言できる。これは非常に大きな強みです。しかし同時に、身内であるがゆえに客観性を失ったり、逆に距離を取りすぎたりすることもあります。実際、自分の母親もなんとなく当院でいろいろな診療を受けるのは気まずく感じているようにも思います。「専門家として」ではなく、「子どもとして」どう関わるかは意外と難しい問題です。だからこそ大切なのは、医師である前に「一人の子ども」として親と向き合うことなのでしょう。
医療の現場では、しばしば「もっとこうしておけばよかった」という後悔の言葉に触れます。これは患者さん本人だけでなく、ご家族からも聞かれる言葉です。
「最後にちゃんと話せなかった」
「もっと会いに来ればよかった」
こうした後悔は、時間を巻き戻すことができない以上、取り返すことはできません。医師という仕事は、人の人生の最終段階に立ち会う機会が多い職業です。その中で学ぶべきことの一つが、「今この瞬間を大切にする」ということではないでしょうか。
親孝行も同じです。「いつかやろう」と思っているうちは、なかなか実現しません。ほんの短い電話でも、少しの帰省でも、それを「今やる」ことに意味があります。
忙しい日々の中で、いきなり大きなことをする必要はありません。
・週に一度、電話をする
・帰り道に実家に顔を出す
・体調を気にかける一言をかける
それだけでも、まずは十分なのかもしれません。医師は患者さんに対して「生活習慣の改善は小さなことから」とよく伝えますが、親に対する接し方も同じかもしれません。継続できる小さな行動こそが、最も価値のあるものです。
医師という仕事は、他者の人生を支える尊い職業です。しかしその一方で、自分自身の大切な人との時間を後回しにしてしまいがちでもあります。親は、私たちが思っている以上に私たちのことを気にかけ、そして静かに見守っています。その存在に甘えることなく、少しずつでも感謝を形にしていくこと。それが、医師としてだけでなく、一人の人間として大切な姿勢でしょう。
白衣を脱いだとき、そこにいるのはただの一人の子どもです。そのことを忘れずに、とりあえず今日か明日には親に電話してみます。最近は変な電話が多いらしく第一声でいつも警戒されてしまうような、いろいろと複雑な世の中ですが、親子の情というのは時代に関わらないと思うので。
