歴史が好きですが、 "歴史になるまでの歴史" もまた面白いので古いものか新しいものまでいつまでも読みたい本が増えていきます。
院長はお酒が飲めません。というよりも飲みません。あまりいい思い出がないので。ですので、"飲みの付き合い" が多かったわれわれ昭和生まれ世代の下戸人間はいろいろ苦労しました。基本そういう場に行きたくなかったですし。「あぁ、また今日も飲み会かぁ」という平成時代のアレです。食事だけなら良いのですがね。院長が研修医くらいの頃は、そういう場に出向くと酒を飲んだ先輩・上司から酔いの入った説教を聞かされることがよくありました。「お前はなっていない!」的な。
しかしそんななか、ビンテージワインが美味しいお店に連れて行ってくれていろいろと説明してくれる教授もいました。"ビンテージ" とは「古くて価値が高い年代物」で、現在は家具やクルマ、はたまたジーンズなど、時代を超えて価値が認められる高品質なものを指すのが一般的です。
しかしながら、泌尿器科の世界で "ビンテージ" というと、抗アンドロゲン剤と呼ばれる、前立腺がんにおいて内服薬の大きな柱の一本である治療薬を指すことが一般的。このと "ビンテージ薬" は現在学会ではあまり "高品質" とは考えられず、やや "古臭いもの" という位置づけで、一方で新しく開発された抗アンドロゲン剤は "新規ホルモン薬" と呼ばれたりします。ただこのビンテージも "副作用が軽い" "安価" "ジェネリックもある" などメリットも一定程度はあり、当院でも患者さんを選んで使用しています。
"古いもの" という観点で薬を見てみると、日本古来の薬というのは中国に留学した僧たちが学んで日本に取り入れた漢方でした。そんな漢方のなかで「二陳湯」という方剤があります。これは「陳」という文字を含み、この字には「古い」という意味があります。二陳湯の主な生薬は陳皮と半夏。陳皮とは温州みかんなど柑橘類の皮を乾燥させたもの、半夏とはサトイモ科の植物「カラスビシャク」の球根を乾燥させたもの。これらはいずれも "古いほうが効能が強い" と言われているため、この「二陳湯」という名前がつけられたといわれています。西洋薬で古いもののほうがよい、とされている薬はあまり効かないのでその点は面白いですね。
ほかにも建築。新築の家は均一で、寸分の狂いがない一方、築 50 年の古民家に足を踏み入れたりすると、床はわずかにきしみ、柱はまっすぐではありません。ただ、その「不完全さ」が、なぜか安心感を生むような気がしますね。木は時間とともに乾き、色が深まり、触れたときの温度も変わります。人が住み、笑い、怒り、黙り込んだ痕跡が染み込んだ空間は、設計図には描けない味わいであり、建築が “構造物” から “記憶の容器” に変わる瞬間なのかもしれません。
あとは使い込まれた商売道具。院長は Mac のノート PC を使い続けてもう 20 年以上経ちます。そのなかで現在使っている MacBook Pro 2023 はもうかれこれ 3 年間くらい使い倒しています。日々の外来診療における調べもの、先生方とのメール、SNS による近況確認、学会発表スライド、時間があるときの Amazon プライムでの映画鑑賞など、本当にたくさんのことをこの PC とともに行っています。「道具は使われることで完成する」というひとがいますが、こういった使い倒した道具の "相棒感" は、なかなかスペック表では測きれない気がしています。
最後にひとの言葉や文章。本好きのおばあちゃんから「谷崎潤一郎は名文家」と言われ、高校時代に『鍵』『痴人の愛』を読んだのですが(なぜそれを選んだ・・・)、なんだかエロ小説みたいな感じがして面白く感じることができませんでした。ところが 40 歳を超えてからこれらを読むと、若い頃と全く違った作品に見えるから不思議です。さらに最近『陰翳礼讃』を読み、改めて谷崎の文章力、洞察力、比較文化論の奥深さに唸ってしまいました(カップリングの『文章読本』は斎藤美奈子の『文章読本さん江』をすでに読んでいたのでちょっと半笑いで読みましたが)。
ともかく。「新しい=良い」がほぼ自動反射になっている現代ですが、時間がたつことで価値が “劣化” せずに “熟成” するものが確かに存在します。これはものの考え方や捉え方にも通じる真理であったと思った今日この頃です。
