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母校・東京医科歯科大学がある文京区湯島についてーその 1

[2024.03.24]

院長の出身校・東京医科歯科大学は文京区湯島の地にあります。JR 御茶ノ水駅から徒歩 1-2 分、丸ノ内線の御茶ノ水駅はなんと構内に駅出口があるほど、東京まん真ん中、極めて交通至便の土地に建っています。もともと東京高等師範学校(現 筑波大学)・女子高等師範学校(現 お茶の水女子大学)があった敷地でしたので、ときどき筑波大学・お茶の水女子大学関係者の方に「あの土地はもともとウチのものだった」と冗談で言われることがあります。

この湯島に関して、本日よりいくつかお話を書いてみたいと思います。

まずは太田道灌とのつながり。太田道灌は室町中期の武将で、扇谷(おおぎがやつ)上杉氏の家宰を務めていました・・・。と言ってもなかなかご存知の方は少ないかもしれませんね。室町中期。この時代はときどき「日本史の中で際立った英雄がいない『最も地味な時代』」といわれることがあります。しかしながら英雄不在ということは、見方を変えれば「無名に近い民衆的な人物が無数に活躍した時代」とも言えると思いますので院長は結構好きです。特に旧来の土地・人民支配に縛られない国人・地主層が力をつけてきたり、足軽が初めて活躍しだしたり・・・。とにかく超がつく乱世ですので、先の見えない現在のわれわれが生き方を決めるのに参考になるかもしれません。

だいぶ話がそれましたが、この湯島の地に有名な湯島天神(正式には湯島天満宮)があり、菅原道真公が祀られており、東大をはじめいろいろな大学に近いため、受験シーズン前はもちろん、いつも学業成就を願う学生たちがたくさんいます。この湯島天満宮、創建は今から 1500 年以上前の 458 年(雄略天皇二年)とされていますが、室町時代に再建したのが上述の太田道灌です。

太田道灌について詳細は成書やネットをみていただきたいですが、特に詳細がわかるのが漫画家ゆうきまさみ先生の『新九郎、奔る!』で、とにかく傑物です。

太田道灌は最期に主君、扇谷上杉定正の配下に斬られて無念の思いで絶命します。その最期の地が現在院長が漢方外来に参加させていただいている東海大学病院から至近の伊勢原市役所付近です。

太田道灌は関東を広く転戦した名勝だったのですが、院長ゆかりの地に深く関わっていることを知り、あらためてこの時代の歴史が好きになりました。患者さんで日本中世史が好きな方がおられましたら是非いろいろとお話しましょう。外来の合間に。

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