法的には "免許があるから医師" なのですが、心情的には "患者さんに貢献できるから医師" という考え方も大切にしたい。
手塚治虫先生を心から尊敬する院長です。小学生の頃は父親が買ってきた『火の鳥』を貪るように読み、中学校時代はたまたま図書館で手に取った『ブッダ』を読んで宗教をベースとした物語を初めて読んで感銘を受け、高校時代は友人に薦められた『ブラック・ジャック』を読んで医師を志すー。その後大学に入っても『MW』『奇子』『イエロー・ダスト』『アポロの歌』など、(言い方が好きではありませんが、いわゆる)「黒手塚」作品にも魅せられ、「大学卒業の記念になにかほしいものある?」と聞いてくれたおばあちゃん(おそらく万年筆などを想定していたものと愚考しますが)に間髪入れずに「手塚治虫先生の全集、400 巻!!」と言ったら、優しいおばあちゃんがありがたくも 22 万円を出してくれました。
そんな手塚治虫先生の名作、『ブラック・ジャック』のなかの「がんばれ古和医院」という作品があります。無医村に着任したひとりの医師、古和(こわ)先生。毎日地域住民のために孤軍奮闘してさまざまな症状、多くの患者さんを優しく対応し、診療しています。しかしそこにやってきたブラック・ジャック。ブラック・ジャックは古和先生が「(自らと同じように)実は免許を持っていないニセ医師」であることを見抜きます(古和先生が「中部大学卒です」と言ったひとことでブラック・ジャックが気づく。その頃中部大学には医学部がまだなかった)。しかし、ブラック・ジャックは古和先生にこう言います。「だが先生、あなたはご立派です。こんな無医村で 30 年も医者をやってあれだけ村人の尊敬を受けているんだ。私はね、先生にほれこんだんですよ、フフフフ・・・だからこそオペもお手伝いしたんだ(この前のシーンで手術に慣れていない古和先生が甲状腺機能亢進症(バセドー氏病)の手術(甲状腺切除と思われます。この手術は重要な神経を温存しないといけないので技術・経験を要します。まあどんな手術もそうですが)をブラック・ジャックの助けを借りてなんとかやり遂げる、という描写があります)」。もちろんニセ医者がいいわけではないのですが、「医者とは目の前にいる患者さんを助けることができるひと」という、われわれ医師が自らの本分を改めて確認できるエピソードです。
そのような、見事な手塚先生のストーリーテリングのあとに、同じハナシのなかで語るのは本当に失礼なのですが、最近またニセ医者が逮捕されましたね。
以下、日経メディカルの記事(https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/202512/591311.html?n_cid=nbpnmo_mled)より。
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大阪府警は2025 年 10 月 30 日、医師免許を持たないにもかかわらず患者に医療行為を行った大阪府在住の 66 歳の男性(元会社役員ということなのでそれなりに社会的地位が高いひとらしい:院長註)を医師法違反の容疑で逮捕した。容疑者は採用面接時に京都大学医学部附属病院での勤務経験があるなどと偽り、医師免許を提出しないまま約半年間勤務を続けた。なお、容疑者は 2023 年にがんワクチンの研究開発や販売に関する架空の投資話を持ちかけ、香川県在住の 70 歳代の男性に 3000 万円を振り込ませた詐欺容疑で 11 月 20 日に再逮捕されている。
・・・容疑者は 169 人の患者に問診や看護師への注射指示などの医療行為を計 418 回行った。
容疑者は採用時に京大医学部を卒業、同大医学部附属病院で勤務したという虚偽の経歴書をクリニックに提出。採用され、管理医師に就任した。出勤初日に医師免許証原本の提示を求められた際、「引っ越し時に紛失した」「再発行の手続きを行っている」と説明し、勤務を続けた。約半年後の 2025 年 3 月ごろ、クリニックが保健所から容疑者の医師免許証に関する疑義報告を受け、容疑者へ改めて医師免許証の提示を求めたところ、容疑者自ら退職した。現時点でも医師免許証の確認はできていない。
一連の事件が発覚した経緯は、大阪府警が外国人による在留カード偽造に関する別の事案を捜査していた際、外国人グループから押収したデータの中に、偽造された医師免許証の画像データが見つかったこと。その後、データの内容や送信先などを確認したところ、容疑者の名前が浮上した。
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この報道について、まとめると
・容疑者は「まるで医者」みたいな履歴書のみでクリニックに就職した
・このクリニックは医師免許を確認せずに医師を雇用した(紛失した、という子どもでも言いそうな理由をそのまま受け入れた)
・(報道で知った当該クリニックのホームページをみてみると)標準治療ではない、(よくわからない)"免疫療法" を行っている医療機関である
という感じです。少し厳しい言い方ですが、「偽医者も偽医者だが、雇う方も雇う方」かもしれません。
現在、厚生労働省のウェブサイト「医師等資格確認検索」というページ(https://licenseif.mhlw.go.jp/search_isei/jsp/top.jsp)に行き、フルネームを入力すれば、そのひとが医師(または歯科医師)資格を有しているか、すぐにわかるようになっています。このため、「免許がない」とか言われたら、すぐにこのページに行って確認すれば(このページでは医師免許資格取得年も出るので)たちどころにその真偽がわかるのに、このクリニックはなぜそのくらいのことをしなかったのだろう、という感じです。
現在少なくない医療機関(当院を含みます)が医師・看護師など人員の確保に苦しんでいます。そのため、自院に適合するキャリアを持つ医師が応募してきたので「労働契約まで手早く済ませたい」という意識が働き、確認が後回しになったのかもしれません。ただ、今回の事案では、資格だけでなく勤務経歴も詐称していたといいます。上で述べたように、「医者とは目の前にいる患者さんを助けることができるひと」。まともな診療をしている医療機関なら、スキルでその人物が医師、しかもキャリアのある医師かどうかはすぐにわかるもの。当該のクリニックがどういう施設か存じませんが、「偽医者でも務まる業務しかない施設」といったら厳しい物言いでしょうか。
ちなみに「がんばれ古和医院」のラストシーン。古和先生はニセ医師であることを見抜かれたあと、きちんと勉強して中部大学医学部に入り、学生姿の古和先生を見かけたブラック・ジャックと偶然会ったとき、「中部大学に入り直しましたよ。50 の手習いですわ」と言って去っていく姿で終わります。
報道された偽医者が患者さんにきちんとお詫びをして、数年後猛勉強して本当に医学部に入ったら少しだけ許せるような気もしますが・・・。まあそんなことはなかなかないんだろうなぁ。
