生活習慣病は診察室じゃない、生活の現場で起こっているんだーすべての患者さんと 1 日一緒に過ごしたらいろいろな疾患に対するヘルスケアの質は上がると思います(現実には難しいですが)。
開業医は外来の診療がその仕事のメインです。そのため、気になるのは「この患者さん、自宅(とか他の場所で)普段はどんな感じなんだろう」とか、これまでの印象と異なり、あまりにも雄弁に語られるような場合は、「もしかして、精神的な病気(躁うつ病など)で不安定になっているのかな?」など、診察室の外の様子です。むかし病棟で担当していた患者さんのメンタルが不調になり、診てもらった精神科の先生に診断はどうなりますか?と聞いたときに「診察室とか病棟で診る患者さんは、その人の “すべて” では全くない。むしろ、ほんの一部。それも、かなり特殊な状況での姿。先生だって医療機関受診するときとか入院中は少し身構えていつもの "素の自分" じゃないでしょ?だから精神科の診断って結構難しいんだよ」と言われたことがあります。患者さんは医療者になかなか "ありのまま" を見せることはありません。
精神科だけでなく、当院でも診ている生活習慣病についても、普段どのようなものを食べて、飲んで、お酒は何をどのくらい飲んでいて、おやつでどんなものを食べていて、いつ頃寝て起きて、運動をどれくらいしていて、仕事のときにどのくらい座っている時間が長いか、などさまざまな要因が影響しますので、なかなか患者さんの "実態" をつかむことは難しいものです。「月に 1 回は来てくださいね」とかいうと、若い患者さんだと「ウェッ(そんなに頻繁に?)」という表情をされることもありますが、それでも院長はその患者さんと 1 年に 12 回しか会えないわけです。患者さんの「ひとととなり」がわかるようになるにはとてもそれだけでは全く足りず、もう少し月日がかかることが多い。
前提として、診察室という場所自体が非日常です。
・時間は限られている
・医師と 1 対 1 で向き合う
・自分の体や生活について話さなければならない
・「医療機関」というだけでヒトは少なからず緊張する
こうした条件が揃うと、多くのひとは普段と違う振る舞いをするものです。
例えば、こんな場面。患者さんが「食事には気をつけています」と言っていても、検査結果で LDL コレステロールがずいぶん上昇・・・。こんなとき、われわれはこう考えます。
「本当に日常的に気をつけているのか?」
「それとも診察前だけ意識したのか?」
「あるいは“気をつけているつもり”なのか?」
これは疑っているわけではありません。
ヒトというのは、「自分の生活を正確に言葉にすること」がとっても難しいのです。
診察では、患者さんは過去を振り返って話します。「何を食べたか」「どれくらい運動したか」「どんな症状があったか」
しかし、これらはすべて “記憶” に頼っています。そして記憶というのは、かなり曖昧で、印象に残ったことだけ強調されたり、都合のよい部分だけ思い出されたり、無意識のうちに少し良い感じに言ってしまう・・・こういったことは誰にでもあることです。院長も例外ではなく、どこかに受診したときはそんな感じになります。
われわれ外来診療をしている医師は患者さんを「点」でしか見られません。しかも現在の医療制度において、外来診療では「数分から十分程度の診察時間」「月 1 回、あるいは数ヶ月に 1 回」程度しか患者さんを診ることは難しいのが実状です。患者さんの生活という長い「線」の中で、ほんの一瞬の「点」を見ることしかできないのです。
この「点」と「線」の違いが、さまざまなズレを生みます。医師の印象としては「しっかりしていて問題なさそう」ですが、実際の生活としては「食生活がかなり乱れている」こともあるでしょうし、逆に医師の印象としては「少し元気がない」であっても実際は「仕事も家庭も問題なくこなしている」、なんてこともありえます。
では、この見えない部分をどう補うか。われわれ医療者は、いくつかの方法でそれを補おうとします。
(1) 検査データを参考にする:血液検査や血圧などは、言葉よりも客観的です。
(2) 時間の経過をみる:1 回の診察ではなく、継続的に見ることでパターンが見えてきます。
(3) 家族やそのひとに近しい方からの情報:ご家族などに付き添っていただき、日常の様子を少しでも教えてもらうと大変参考になります。
(4) なるべく具体的に聞く:「気をつけていますか?」ではなく「昨日の夕食は何でしたか?」と聞くとか、お酒については「週に何回飲んで、飲むときは 1 回で何をどのくらいの量飲みますか?」など、具体的な内容についての質問をするように心がけています。
こうしたちょっとした工夫で、少しずつ「線」に近づこうと努めています。
ここまで読んでいただいて、患者さんの立場からすると、「じゃあどうすればいいのか」と思われるかもしれません。答えはとてもシンプルです。できるだけ “そのまま” を教えていただければ、と思います。うまくできていない日があってもいいですし、食べすぎ・飲みすぎた日があってもいいですし、薬を飲み忘れた日があってもいいです。それらを正直に教えていただくことが、一番役に立ちます。医療者は「完璧な患者さん」を求めているわけではありません。「実際の生活」を知りたいのです。「ヒトの生活はノイズでできている」。院長が生活習慣病の患者さんと話していていつも思うことです。
診察室の患者さんは、そのひとのほんの一部です。そして、診察室の外にある日常こそが、本当の意味での“ 健康” や "生活" の舞台のはず。医師はそのすべてを見ることはできません。だからこそ、患者さんとの対話がとても大切になります。診察室は、評価される場所ではなく、「一緒に現実を確認する場所」です。少し肩の力を抜いて、普段のままのあなたで来ていただければ幸いです。
それではまた診察室でお会いしましょう。
