秦野周辺の山は標高がそれほど高くなく、山登り初心者の方にも優しいコースとなっておりますので休日ハイキングに是非お越しください。
秦野市内でクリニックを運営していると、ときどき秦野市役所の方といろいろとお話させていただく機会があります。ふるさと納税が始まってからくらいでしょうか、各地方都市は懸命に地元のアピールを行っていますね。秦野市もご多分に漏れず、ふるさと納税や観光地の整備など、さまざまな点で市内の産業を盛り上げ、市外のひとを呼び込もうとしています。当院も心から応援したい。秦野は豊かな地下水と盆地特有の穏やかな気候に恵まれた観光資源の豊富な地域。近年は名水ランキング全国 1 位になるなど、「水のまち」としても知られています。有名人も多くいらっしゃって、吉田栄作さんや、残念ながら今年亡くなられた LUNA SEA のドラマー、真矢さんや ZARD の坂井泉水さん(生まれが平塚、育ちが秦野)などが有名です。
この地域の歴史を語るうえで欠かせないキーワードのひとつが「大山詣り」です。とりわけ、大山(丹沢大山)と人々の関係は、単なる信仰を超えて、地域社会や人の健康観にまで影響を与えてきました。
「大山詣り」とは、江戸時代に爆発的な流行を見せた庶民信仰の一つで、現在の大山阿夫利神社への参詣を指します。特に江戸からの参拝者が多く、「講」と呼ばれるグループ単位で、数日間の旅として大山を訪れました。この信仰の背景には、「雨乞い」「五穀豊穣」「商売繁盛」といった生活に密着した願いがあります。現代のわれわれから見ると宗教的行為に見えますが、当時の人々にとっては「生活を支えるための現実的な行動」であったとも言えるでしょう。江戸から大山へ向かう「大山道」は複数存在しましたが、その中でも重要なルートの一つが秦野を通る経路でした。秦野はちょうど丹沢山地の東側に位置し、大山登拝の「手前の拠点」として機能していたのです。参詣者たちは、秦野で休息をとり、飲食や宿泊を行い、装備を整えてから大山に向かいました。いわば現代でいう「トランジットハブ」や「ベースキャンプ」の役割です。このような人の流れは、地域経済を活性化させただけでなく、文化や情報の交流をも生み出しました。多くの人々が行き交う場所には、自然と新しい知識や価値観が流入します。
江戸から大山までの道のりは決して短くはなく、徒歩で数十キロメートルに及ぶ長旅でした。さらに、大山の登山自体も急峻であり、現代の感覚で言えばかなりの運動負荷です。この点を医療者として見ると、「大山詣り」は単なる信仰行為であると同時に、かなり強度の高い有酸素運動でもあったと言えます。
・長距離歩行による心肺機能の向上
・山登りによる下肢筋力の強化
・集団行動による精神的充足
現代の生活習慣病予防の観点から見れば、非常に理にかなった活動とも言えるでしょう。一方で、脱水や熱中症、外傷などのリスクも当然存在していたはずです。興味深いのは、「信仰」がこれらの身体的負荷を乗り越える動機づけとなっていた点です。現代でも、運動療法を継続する難しさはよく知られていますが、「意味づけ」があることで人は困難な行動を継続できる――これは今も昔も変わらない人間の特性です。
先ほど述べた秦野の豊富な地下水も、大山詣りにおいて重要な意味を持っていました。大山は古くから「水の神」として信仰され、雨乞いの対象でもありました。その麓に位置する秦野の水資源は、参詣者にとって身体を潤すだけでなく、「清め」の意味も持っていたと考えられます。「水に流す」という表現があるように、日本人は「水」になんらかの神秘的な力を感じる文化を持っています。そういった水を安全に提供できた地域は、江戸時代においては限られており、秦野のような環境は参詣者にとって大きな安心材料だったことでしょう。
秦野と大山詣りの歴史は、「人が移動し、祈り、交流する」ことで地域が形作られてきたことを示しています。そしてその中には、現代医療にも通じる「健康の本質」が隠れています。医療はしばしば病気を治すことに焦点が当たりがちですが、本来は「人がよりよく生きること」を支える営みです。その意味で、大山詣りのような文化は、身体・精神・社会の三側面から健康を捉えるヒントを与えてくれます。日々の診療の中でも、単に薬を処方するだけでなく、「その人にとって意味のある行動とは何か」を一緒に考えることが大切です。どの地域であってもその土地ならではの信仰や風俗があるはずです。2023 年に当院を開業するまで秦野について何一つ知らなかった院長ですが、この地にきて 3 年が経ちました。ようやく近隣の地名を聞いて「あの辺かな?」と類推できるようになってきました。今後も地域のことを学び、歴史や地理を知り、通院してくださる患者さんとともに秦野が住みやすい街になるよう努めてまいりますのでよろしくお願いします。
