腎保護に大切な役割をになう RAA 系の降圧剤、昨日はそれにともなうカリウムのハナシをしましたので本日はナトリウムとその摂取について。
最近 Amazon プライムで TOKIO の松岡昌宏さん主演の『家政夫のミタゾノ』を観始めました。『家政婦は見た!』も『家政婦のミタ』も "見ていない" ので『ミタゾノ』を観始めたのはメタ的に自分を見て「『見た系』を未体験だからみたらし団子でも食べながら見たりしてもみてもいいかなぁ」と思ってみたからです(さて、何回 "ミタ" という音を使ったでしょう)。そのなかで中村静香さんという、すごく童顔(とても 27 歳には見えなかった)なルックスの役者さんが看護師役で、入院してきた裕福な高齢男性と次々に結婚する、みたいなエピソードがあります。結局その結婚は実際に届け出がされておらず実は・・・みたいな流れで話が進んでいくのですが、そのなかで、40 歳以上年下の女性と結婚しようとしているその資産家男性に、中村静香さんが夜食でとんこつラーメンを作って食べさせる、というエピソードがあります。これを知った男性の娘(この役者さんが『パパはニュースキャスター』の "西尾さん" で院長にはものすごく懐かしいカオでした)が「あの女、塩分高いモノ食べさせてお父さんを早く死なせようとしてるんじゃないの!」とキレて・・・みたいなシーンに続くのですが、「塩分=体に悪いモノ」というのはわれわれのアタマに完全にインプットされていますね。確かにそれはそれで間違っていることではありません。しかし減塩は体重減量と同じで「言うは易く行うは難し」の代表。「1 日 6 g!」とか言っても患者さんはまずムリです。
ではどういった取り組みをすればよいのか。成功事例として英国の例があります。英国では 1990 年代より、減塩を奨励する公衆衛生キャンペ—ンを開始し、2003 年には英国栄養科学諮問委員会が成人の食塩摂取量を 6 g/日以下にすることを推奨しました。これはWHO(5 g/日)や米国・カナダ(5.85 g/日)の推奨値と同等の値で、達成するために英国の食品基準庁と保健省は、国民の減塩を促進するための 2 つの戦略を提案しました。ひとつは食品産業と連携し、加工食品の減塩を行うこと。もうひとつは、キャンペ—ンを通じて、食塩の超過摂取が健康に与える影響について消費者の理解を促進することでした。この英国の減塩戦略は一定の成功を収め、これらの効果を検証した論文をみると、加工食品に含まれる塩分の減少と個人レベルで摂取食塩量が有意に減少したことが示されました(2001 年に9.5 g/日であった英国人の平均食塩摂取量は、2011年には 8.1 g/日に減少)。このことによる生存期間の延長についてはもう少し最終的な結論が出るまで時間がかかるようですが、こういった効果について英国民は好意的にとらえ、引き続き「なるべく減塩」というマインドがあるそうです。
この事例から、「キャンペーンを張って減塩の重要性を伝える努力をする」「きちんと検証して結果を評価してひとつの戦略・運動に意味があったか(英語で言えば make a difference かどうか)アウトカムを示す」ことがこういった指導では重要といえるでしょう。ですからなかなかひとつのクリニックレベルや院長ひとりが「減塩しましょう」と言ってもなかなか難しい。となると、実際の現場では腎機能に関して言うと、血圧をベースに患者さんと話すことが大事になってきます。
さて、1956 年、すなわち 70 年くらい前に書かれた 『Classics in Arterial Hypertension』 という、当時の「高血圧に関する古典」を精力的に集めた本のなかで『黄帝内経』(中国最古の医学書)が紹介されており、その記載で「塩を取りすぎた患者の脈を触れると硬い」という内容がすでにあります(2000 年くらい前の文献!)。そのくらい昔から 塩分についての注意喚起はされていたのですね。
塩分と血圧、ひいては腎や心の健康に関わる研究はたくさんありますが、SSaSS(The Salt Substitute and Stroke Study)研究という、100% NaCl 食塩を「75% NaCl + 25% KCl(塩化カリウム)」に置き換えることで脳卒中を含む心血管イベントを減少させた、という有名な論文が New England Journal of Medicine 誌 2021 年で報告されていますので、まずは「心血管イベントの発生率を下げるために減塩は有効」ということは正しい、といってよいと思います。
それでは実際に減塩するために重要なことはなんでしょうか。それは「現時点での血圧をしっかり把握すること」と、「減塩によって血圧が低下する、という目に見える効果を得るために、血圧を記録し続けること」です。特に後者が重要で、「血圧が下がった!」という結果が得られないとなかなか継続しません。ですので継続してもらうために下記のようなことを言うようにしています。
・まず,減塩の効果は週単位、通常は 2-3 週くらいでゆっくり数値でキャッチできるようになるのでそれをあらかじめ伝えておく。
・英国の事例のように、繰り返し指導をする。そのためになるべく当院では栄養士から説明してもらうようにしています。
・近年は食品表示法によりコンビニのお惣菜でもちゃんと「食塩相当量」がカロリーなどとともに記載されるようになりましたがなかなかそういった記載をすべて確認して食品を買うひとは少ないので、かわりの指標として "ときどき尿中 Na" をチェック(Na を クレアチニンで割った値をみると相対的ではありますが、塩分摂取の推定が可能、減塩がうまくいくとこの数値が下がってきます)しましょう、とあらかじめ言っておきます。
・SSaSS 研究では代替塩が用いられましたが、その中身は K でした。昨日述べたように K は RAA 系降圧剤を使用しづらくしますので、K とともに降圧効果を示した野菜・果物・豆類・キノコなど、「健康志向の食品」といえば必ず出てくるような食物繊維を毎日摂るよう伝える。
・水分ですが、腎の働きが落ちている患者さんに 1 日あたり 500-1000 cc くらいの水を余分に摂っても腎機能を改善するデータはなく、ヒトは炭水化物・タンパク質・脂肪を代謝するときに水を生成します(代謝水と呼ばれ、250〜300 cc/日くらい)。さらに塩分を摂取すると代謝水が増えることもわかっているのであまり水分摂取をクドく言う必要はなさそうです。「のどが渇いたら」「(特に今のような暑い夏場は)体重を測定して減っているようなら飲んで」くらいの指導がちょうどよいくらいでしょう。
・最後に味付けですが、上記をまとめると「ヒトにとって NaCl は必要最低限で十分(3〜6 g/日)なので、喉が渇くような味付けの食べ物(カレーとかキムチ、中華料理などを多く食べる)はなるべく控えて薄味のものを食べるのがよい、という無難な結論にたどりつきます。もちろん月に 1 回くらいの会食で「今日は塩分とか気にせず好きな料理を食べるんだ!」というときがあってもよいとは思いますが、個人的な経験としては「薄味で慣れると外食などで濃いものを口にいれると "美味しい" ではなく "濃い味!" と認識するようになる」印象があるので、英国での取り組みのように「自分の舌を薄味に慣れさせる」というのがベストなのかもしれません。
本日は腎臓と塩分について述べるだけでこんなに長くなってしまいました。食事指導については明日にまわそうと思います。
ちなみに院長は現在 1 日に 1 食しか摂らない生活をしています。これがいいことなのかまだ始めてから 2 ヶ月くらいなのでどうかわからないのですが、1 日 1 食だとなかなか塩分 6 g には到達しづらいことは確かなので塩分摂取量についてはクリアできています。ただこれは食事にまつわること(歯磨きとか食後眠くなることなど)が少し煩わしくなって突発的に始めたことなので皆に薦められることではありません。念のため。
