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若手時代にさりげなく他診療科の先生に言われたことで今でもカラダに染みている金言。

[2025.09.09]

院長は大学卒業後、母校の附属病院で 1 年 3 ヶ月ほど研修したのちに茨城県下病床数 No.1 の土浦協同病院に赴任しました。いわゆる医局人事だったのですが、若手が経験を積むには本当にありがたい施設でした。病棟はすべて主治医制で執刀は主治医が担当。常に 15 名以上の患者さんを担当させていただき、何かあったらすぐに同じ科の先輩医師や他科の先生方が惜しげなく力を貸してくださいました。まさに「ひとりの患者さんをとことん診る」、という姿勢が土浦でのおよそ 3 年間でだいぶ身につけられました。また、茨城県南部から広く、ときには栃木県や埼玉県・千葉県に至る広い範囲の三次救急を担う病院でしたので本当に忙しいながらも実のある臨床経験を積むことができました。毎週水曜日と金曜日の夜は自分が泌尿器科の当番だったのですが、いつも重症の患者さんが来ないか心配しながら眠り、月に 2-3 回は土日がいずれも当番として病院近くに待機でつぶれる。救急当番は外科系すべてを任されちょっとした外傷ややけどはもちろん、眼科(目の中にゴミ、とか)や耳鼻科(止まらない鼻出血など)もとりあえずファーストタッチで診る・・・今思い出しただけでもものすごく鍛えられる環境でした。

ただ、夜間や休日の「外科系」「内科系」のほかに「麻酔科当直」の先生がおられ、この麻酔科当直が大変頼もしい先生ばかりでした。たとえば交通事故で多発損傷(肋骨骨折・膵被膜下損傷・腹部打撲などがひとりの患者さんで見られる場合など)、とか重症熱傷(体液の調節が極めて重要で、インーアウトのバランスが崩れると、ときに生命の危機に瀕する状態の患者さんが多い)などを診られるくらい全身管理のエキスパートが揃っていました。

そんな土浦協同病院時代、院長が外科系当直をしているときに多重交通事故で内蔵のひどい外傷(個人情報守秘のため臓器は伏せます)による腹腔内出血をきたしている若年の患者さんが救急搬送されました。救急外来到着後、みるみる血圧が低下し、ポンピング輸血(手作業でどんどん輸血を体内にいれること)でなんとか血圧を維持しながらただちに手術室へ行き、緊急手術が始まりました。夜中の 1:00 を過ぎていましたが、こういう場合は応援の先生方をかき集めて人手を確保しますので、院長もなるべく関わりのありそうな診療科の先生方やや多めに声がけをしました。すると外科の先生が、「先生は当直だけど今後の医者人生できっと参加しておいたほうが良い手術だから(オレがしばらく当直を代わってあげるから)手術入りなよ」と言ってくれました。

結局開腹してみると出血点は大動脈から直接分枝している血管で、ただちにプローリンという血管縫合用の糸で心臓血管外科の先生が縫合閉鎖し、手術開始後 35 分でようやく血圧が安定しました。患者さんに投与された輸血は総量 6500 cc。体内の血液がすべて入れかわったことになります。幸い若い患者さんでしたので術後 3 週間ほどで退院することができ、おそらく現在も元気に過ごされているものと信じております。

この手術が終わったとき、明け方の 5:30 を回った頃でしたでしょうか、泌尿器科が麻酔科・皮膚科・耳鼻科と合同であった当時の「西 6 病棟」で術野で学んだことを少しでも身につけようと必死に、自分の手術ノートにイラスト入りで「どんな手技をどの糸・器具を使った行ったか」をメモしていると、麻酔科当直の先生がふらりとやってきました。その先生は先ほどまで大出血のなかでも冷静に動き、しっかりと全身管理をして涼しい顔で病棟にいる院長に "医師として生涯にわたり心に残る金言" をさらりと言いました。

「先生、疲れてるのに手技の確認をしていてエライね。外科系の医者は "準備 5 割、手技 3 割、後片付け 2 割"  って言うからね。お疲れさま」。

この「準備 5 割、手技 3 割、後片付け 2 割」本当に今の今までずっと自分の仕事、特に手術や処置など手技系の業務で最も大切にするようにしている言葉です。

明日はもう少しこの言葉を深堀りしてみようと思います。

 

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