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診察室内における医者のひとことは重い、といつも気をつけながら診療をしております。

[2026.10.02]

院長がなるべく言わないことがいくつかあります。

「何かあったら来て下さい」⇒ 具体的に言わないとわからない

「様子を見ましょう」⇒ これは言うことがありますが、必ずその前に「◯◯ なので」様子を見ましょう、と理由をつけるようにしています

「最近どうですか?」 ⇒ 何回も診察している顔なじみの患者さんならときどき言いますが、なるべく具体的に状態について聞きたいので可能なかぎり避けるようにしています

などなど。

あともうひとつがこれ。

「もう少し痩せたほうがいいですよ」。

健康診断や診察室で、こんな言葉を聞いたことがある方は少なくないと思います。もちろん、肥満が糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患、変形性関節症など多くの疾患と関係することは医学的な事実です。肥満症を適切に治療することには大きな意味があります。しかし、そのことと、

「太っている人は自己管理ができていない」
「食べすぎているだけだ」
「意志が弱いから痩せられない」

と考えることは、まったく別の問題です。このように、体重を理由に相手を否定的に評価したり、偏見を持ったり、不利益な扱いをしたりすることを「体重スティグマ(weight stigma)」と呼びます。

近年、肥満症の治療を考えるうえで、この体重スティグマそのものが健康を害する可能性があるとして、世界的に大きな問題となっています。国際的なコンセンサスでも、肥満のある人は職場、教育、医療などさまざまな場面で偏見や差別を経験しており、それが身体的・心理的な害につながると指摘されています。

では、なぜ体重スティグマは生まれるのでしょうか。大きな理由の一つは、「体重は本人の努力だけで決まる」という考え方です。確かに、摂取するエネルギーが消費するエネルギーを長期間上回れば体重は増加します。しかし、人間の体重調節はそれほど単純ではありません。遺伝的な体質、食欲を調節するホルモン、基礎代謝、睡眠、ストレス、服用している薬、年齢、生活環境、所得、仕事、家族構成、身近にどのような食品が売られているか――。実際の体重は非常に多くの要素から影響を受けています。

さらに、人間の身体には体重が減るとそれを元に戻そうとする仕組みがあります。減量によって食欲が強くなったり、エネルギー消費が低下したりすることもあります。つまり、「食べる量を減らして運動すれば、誰でも簡単に痩せられる」というほど、人体は単純ではありません。にもかかわらず、「肥満=本人の怠慢」という物語は非常に理解しやすいため、社会の中に広まりやすいのです。テレビ番組や SNS などで肥満のある人を「だらしない人」「食べてばかりいる人」として描くことも、こうした固定観念を強める可能性があります。

そして厄介なのは、体重スティグマが周囲から向けられるだけではないことです。何度も「痩せなさい」「自己管理ができていない」と言われ続けると、「自分は意志が弱い人間なのだ」・「痩せられない自分には価値がない」と、自分自身に偏見を向けてしまうことがあります。これを「内在化された体重バイアス(internalized weight bias)」と呼びます。

こうなると、「健康のために体重を減らしましょう」という本来前向きなはずの話が、「痩せない自分はダメだ」という自己否定に変わってしまいます。さらに重要なのは、体重スティグマが必ずしも減量につながらないことです。「少し厳しく言われたほうが本人も反省して痩せるのでは?」と思われるかもしれません。しかし研究では、体重による偏見を経験することは、むしろ過食や情動的な摂食、運動の回避、身体活動量の低下などと関連することが報告されています。長期的には体重増加と関連するというデータさえあります。

つまり、「太っていることを恥ずかしいと思わせれば痩せる」という方法は、医学的に合理的とは言いにくいのです。特にわれわれ医療者が注意しなければならないのが、医療現場における体重スティグマです。肥満のある患者さんが腰痛を訴えたときに、「まず痩せましょう」で診察を終わらせてしまう。体調不良で受診した人に対して、主訴とは直接関係がないのに毎回体重の話ばかりする。診察室に体重計や血圧計、診察台など適切なサイズの設備がない。こうした出来事が積み重なると、「病院に行くとまた体重について叱られる」と感じ、受診そのものを避けるようになってしまう可能性があります。実際、医療現場で体重スティグマを経験した患者さんでは、医療者とのコミュニケーションの悪化や、医療へのアクセス低下、受診回避などが問題になることが報告されています。よくないですね。

肥満が健康リスクを高めるのであれば、本来そうした患者さんこそ医療と良好な関係を築く必要があります。それなのにスティグマによって医療機関から遠ざけてしまえば、本末転倒です。では、医療者はどうすればよいのでしょう。まず必要なのは、「肥満」と「その人自身」を分けて考えることだと思います。肥満は治療対象となり得る医学的状態ですが、その人の人格ではありません。「肥満だから自己管理のできない人」ではなく、「体重に関する健康上の課題を抱えている人」として向き合う。そして体重について話す場合にも、

「体重のお話をしてもよいですか?」と一度確認してから始めるだけで、コミュニケーションはかなり変わります。さらに大切なのは、体重そのものだけを目標にしないことです。

血圧が下がった。HbA1cが改善した。階段を楽に上れるようになった。腰や膝の痛みが減った。よく眠れるようになった。肝機能が改善した。こうした変化はすべて立派な治療成果です。そもそも肥満症治療の目的は、「見た目を細くすること」ではありません。将来の病気を減らし、身体機能を保ち、生活の質を改善することです。最近では肥満症に対する薬物治療も大きく進歩しています。しかし、どれだけ治療手段が進歩しても、「肥満は本人の意志の弱さ」という認識が残ったままであれば、必要な患者さんが適切な治療にたどり着けない可能性があります。WHO(世界保健機関) も、過体重・肥満が心血管疾患、2型糖尿病、筋骨格系疾患、一部のがんなどと関係する重要な健康課題であることを示しています。

ただ、だからこそ肥満について話さなくてよい、ということではありません。医学的に重要だからこそ、正確に、冷静に、そして相手の尊厳を損なわない形で話す必要があります。われわれ医療者が患者さんに伝えるべきなのは、「体重が大きいのが悪い」ではなく、「健康上の問題があるのであれば、一緒に改善する方法を考えましょう」というメッセージなのでしょう。

肥満症治療では、体重計の数字を見ることはもちろん大切です。しかし、その数字の向こう側には、ひとりの患者さんがいます。体重を診ることと、人を体重だけで見ること。このふたつは、似ているようでまったく違います。いわゆる "やせ薬" の登場で肥満症の治療が大きく変わりつつある今だからこそ、薬や食事療法、運動療法だけでなく、「患者さんをどのような目で見るのか」ということも、改めて考える必要があるのではないでしょうか。

われわれ医療者の基本であり、慈恵医科大学を創設した 高木兼寛 先生の言葉、「病気を診ずして病人を診よ」。忙しくてもこの言葉は忘れずに診療したいと思います。

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