診療中は人一倍集中できる自信がありますが、本読んだり映画観たりしているときはついつい "寄り道" してしまいます。
先日、師長と一緒に昔(といっても 90 年代あたり)のドラマを観ていました。1994 年のフジテレビ系で放送されていた『若者のすべて』というタイトルです(フジファブリックの歌名にもなっているのですが、この作品からとったのでしょうか?)。院長は残念ながら、ドラマとか映画を観るときに "ついつい内容よりも細かいところが気になるタイプ" です。「この若者役のひと、若い頃の V6 のイノッチさんじゃん」とか、「主人公が深刻な顔をしてコーヒーを持っていたのに、次のカットでは突然紙コップが消えてる」などに気づいてしまうと「イノッチさんは若い頃からどことなく落ち着いてるなぁ」とか「えっ、コーヒーどこいった?」とか、重要でないディテールに気持ちがいってしまい、物語に没入することができなくなってしまいます。
そこから先はもうダメで、ハナシが頭に入ってきません。さらに、医療系ドラマでは職業病が発動します。「この採血、そこから刺すかね?」「その点滴ルートの固定だと危なくない?」「いやいや、その患者さんの病状なら普通に歩けるだろう」「(船上で、ナイフで脇腹を刺されたひとが CT も撮らずにその場にいた医者が診察と応急処置をしただけで、『よし、大丈夫だろう』とか言っているシーンをみて)腹腔内出血は顔色からおそらくなさそうだけど、後腹膜血腫とかは大丈夫かなぁ」など、どうでもいい部分に脳内の思考が費やされてしまいます。気づけばストーリーは 5 分くらい先へ進んで・・・。
まあ、最近は動画配信サービスのおかげで、映画館内の鑑賞でなければ一時停止や巻き戻しが簡単にできるようになりました。これは便利な反面、“気になる病” の自分にはまた危険です。昔なら「気のせいかな」で流れていたものが、今は停止して確認できてしまう。ここ数ヶ月で気づいたものだけでも「さっきまで右手に持っていた書類が左手に移動してる」「グラスの水位増えてない?」「後ろの通行人が繰り返し同じひと出てる」。こんなのを見つけると、もう物語どころではありません。
しかし一方で、名作にもこんなことは結構普通にあって。
・『パピヨン』のラストシーンにおけるダイバー(感動的なシーンですが裏方さんが映ってしまって・・・)
・『シェーン』のオープニングにおけるバス(西部劇の設定なのに路線バス?)
・『タイタニック』でガラスに映ってしまったカメラマン(よ〜くみるとわかる。ストーリーに全く影響なしですが)
・『ゲーム・オブ・スローンズ』の机になにげなく置いてあるスタバの紙コップ(中世の設定なのに "トールで" とか言ったのかな?) などなど。
ただ、こういう “細部ばかり気になる病” は、悪いことばかりでもない気がします。そもそも人間の脳というのは、「意味のある情報」を探す装置です。だから背景の違和感や小さな矛盾に気づいてしまう。ある意味では、生存本能に近い。森の中で「何かおかしい」に気づける個体が生き残ってきたわけですから、ドラマの小道具の位置ズレに異常反応するのも、進化の名残かもしれません。……いや、たぶん違うか。
いずれにしても困るのは、鑑賞中の雑念が増えることです。「あ、この俳優さん若いな」「このロケ地どこだろう」「戦国時代にパグ犬っていたのかな?」今映った車、時代設定と違わない?」「エキストラの人、カメラ意識してない?」アタマのなかで副音声が止まらなくなります。さながら漫画『脳内ポイズンベリー』のよう。結果として、「結局このドラマ、どんな話だったっけ?」となる。
以前、『進撃の巨人』を観ていたときも、緊迫したシーンなのに「立体機動装置のメンテナンス大変そうだな」とか考えてしまい、この名作アニメを薦めてくれた娘息子に呆れられました。でも、そんな “本筋以外を楽しむ見方” も、ある意味では映像作品の楽しみ方のひとつなのかもしれません。映画やドラマというのは、脚本だけでは成立しません。小道具、衣装、背景、照明、エキストラ、編集。無数の人の仕事が積み重なってできています。だからこそ、細かい部分に目が行くのは、「作品の構造」を見てしまっている状態とも言えます。
純粋に楽しめない不幸、とも言えるし、別角度から楽しんでいる幸福、とも言える。最近はもう諦めました。どうせ途中で、「この俳優さん、後に大河ドラマ主演するんだよな」とか、「あれ、これって実家のそばの海岸線じゃない?」考えてしまう。ならばもう、それ込みで楽しもう、と。最近は「聖地巡礼」と称して旅行するひともたくさんいるし、昨年『日本の映画の舞台 & ロケ地 100: 物語と旅する建築・街並み・絶景』なんていう本も出てましたし。
そしてとりあえず今日も、小田急線のなかで『葛城事件』をアマゾンプライムビデオで視聴しながら、「あ、この場所最近行った本厚木駅そばの地下道じゃん」とか思ってしまって「なんかこの映画観てるときにちょうど小田急線(海老名あたりにいたのですが)でそばを通ってるってなんだか面白いかも」とか思ってしまって、またストーリーそっちのけになったりするのであります。・・・そんなときはよく中学・高校時代に国語(現代文)の授業や読書感想文で先生に登場人物の気持ちを聞かれたときに自分なりの考えを一生懸命話したら「駒井くんはちょっと考えすぎです」と言われたことを思い出します。
明日はそんな国語に関する話題を書いてみたいと思います。
