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診療科を決めるときに迷った診療科のことを少し思い出して、これから数日間は肝臓について "肝がえて" みることにしました。

[2026.07.25]

皆さんは医師が「◯◯ 科」、すなわち自分が専門とする診療科をいつ決めるかご存知でしょうか。2004 年に「臨床研修医」としての身分が法律で定められるまでは学生時代に決め、卒業と同時に「◯◯ 科医」になるのが普通でした。いくつかの病院では「スーパーローテート」といって、卒後いくつかの診療科に "見習い的勤務" をしてから決める、という先進的な取り組みをしているところもありましたが。

院長は泌尿器科医ですが、いくつか迷った診療科があります。ひとつは膠原病・アレルギー内科。これは当時所属していた剣道部の部長(高校における "顧問" と同じ)がリウマチ・膠原病の名医であった 宮坂 信之 先生で、「ビシバシ厳しく教育してやる覚悟があるならぜひとも来い」とあたたかい(?)お誘いをいただいたからです。ただ、学生実習で病棟のカルテをみたとき、(当時は紙カルテで)書いてある医学用語がものすごく高度な英語/独語 チャンポンで記載されていたのと、担当の先生がいい言葉でいえば「落ち着いた感じ」、悪い言葉でいえば「陰キャ」で「少しこの教室のカラーとは自分は合わないかな・・・」とか思ってやめてしまいました。

もうひとつ迷ったのが当時母校にあった「第一外科」。「第一」「第二」と外科が分かれており、第一外科は「肝胆膵」「血管」「食道」などを専門としておりました。実習で参加した手術が食道外科の長時間手術で 9:30 に始まり 13 時間。途中で手を下ろすこともなく(学生をここまで拘束したら今だったら問題ですが)、ひたすら見学して終わったのが 22:30。そこから術後の指示を病棟で出した後、なんと御茶ノ水の居酒屋に連れて行ってくれ、25:00(!) まで遅〜い夕食をごちそうしてくれ、本当に熱心に「外科は面白いよ〜」と誘ってくれました。当時は大学のある御茶ノ水に自転車で 10 分のところに住んでいたのでそのあと自分は普通に帰りましたが、連れて行ってくれた 3 人の先生方は「ちょっと患者さんの様子みてから帰るわ」と言ってまた病院のほうに歩いていったのを今でも覚えています。すごく使命感に燃えた診療科で若いときは憧れたのですが、結局泌尿器科の「内科的な、それでいて外科的な」「長時間手術もあるけど長くてもまあ 8 時間くらいな」「内科や外科ほど大所帯でなく、かといって基礎医学講座ほどひとが少なくもない的な」、悪い言葉でいえば "中途半端" な泌尿器科に自分の専門を決めて、もう 26 年目になります。生粋(きっすい)の内科医や外科医になっていたら、今頃どうしていたか。わかりません。人生いろいろ。

そんな第一外科が第二外科と合体して「臓器別外科」となったのが確か 2001-2002 年だったと思いますが、医師 8 年目になって大学病院に帰ったときにお世話になったのは第一外科出身の肝胆膵外科の先生方でした。泌尿器科では、後腹膜腫瘍や腎がんの手術などで肝胆膵外科の先生方と合同で手術をすることがよくあるので何度もお世話になりました。

特に十二指腸に後腹膜腫瘍が喰らいついていたり(浸潤と呼ばれます)、血管の中を腫瘍がもぐるように広がって肝静脈と呼ばれる部分を超えて広がる腎がんのケースでは本当に緻密で的確な手技を目の前で見ることができ、外科医のはしくれとして大変勉強になりました。さらには院長が腹腔鏡手術を始めるとき、そのスキルを根気よく教えてくれたのも(当時在籍していた国立がん研究センター東病院の)肝胆膵外科の先生でした。本当にありがたかったです。

この流れでつなげるにはやや強引ですが、もうすぐ「世界肝炎デー」(7 月 28 日)です。肝炎は進行すると肝硬変から肝細胞がんに至ります。院長が医師になって 25 年。肝炎の治療は大きな進歩を遂げ、現在かなりの患者さんで薬によるコントロールが可能になっています。

本日より 28 日までの数日間はそんな「肝臓」について、院長がこれまで経験した臨床事例もまじえて少しためにようなブログを書いてみようと思います。

ではまた明日。

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