語学学習と AI は大変相性が良い組み合わせだと日々実感しています。
昨日に引き続き院長がどのように英語、特に受験英語が終わった後の医療英語(学会発表と診察室)を学んできたのか、について述べてみます。語学で手っ取り早いのは何と言っても留学、もしくはネイティブの方と恋愛するなど、深い関係になることだと思うのですが、そういったチートはせずにひたすら国内で勉強した N=1 の印象です。科学的な語学修得法からするとマチガイもたくさんあると思いますので参考程度に。
プレゼンについては昨日・一昨日で述べましたので、本日は診察室での会話について。院長が以前やっていた方法は、ものすごく単純でした。
「使いそうな英語のフレーズをたくさん覚えて、それをスマートフォンに向かってしゃべる」
まずはこれです。たとえば診察室であれば、
「今日はどうされましたか?」
「いつからその症状がありますか?」
「痛みは 10 段階でいうと、どのくらいですか?」
「以前にも同じような症状はありましたか?」
「では触診させていただきます」
といった、日本語なら何も考えずに口から出てくるフレーズ。日本人医師が診察室で困るのは、難しい医学用語を知らないことよりも、むしろこうしたごく普通の一言が瞬間的に出てこないことだったりします。医学英語は結構知っているので単語自体は知っているのですが、たとえば「心筋梗塞」を専門用語的に直訳した "acute myocardial infarction" と言ってもなかなか伝わりません。ここは "heart attack" と言わないと患者さんはわかりません。
一方で「痛み」という単語が pain であることは知っている。「いつから」という意味の英語も知っている。しかし患者さんを目の前にした瞬間、
「えーっと……」
となってしまう。これらは英語を「知っている」ことと「使える」ことの間にかなり大きな距離があるからです。そこで院長は、診察室で使いそうな表現を片っ端からリストにして覚えることにしました。
そして覚えただけでは意味がないので、実際に声に出します。スマートフォンの録音機能を立ち上げ、
What brought you in today?(今日はどうされましたか(初診で挨拶したあとにまず聞くフレーズ))
When did the pain start?(いつから痛みますか)
Have you ever had similar symptoms before?(同じような痛みは以前にもありましたか)
などと、一人でしゃべるわけです。ハタから見ればなかなか怪しい人ですが、英会話の練習としては意外に有効でした。
実際に声に出してみると、「この単語とこの単語の間で妙に詰まるな」とか、
「頭では分かっているのに、この文章は口からスムーズに出てこないな」ということがよく分かります。
そして何度も繰り返していると、その文章をいちいち日本語から英語に翻訳することなく、ひとかたまりの「フレーズ」として言えるようになります。スポーツでいうところの反復練習に近いのかもしれません。
ただし、この方法には大きな問題がありました。自分の英語が正しいのか、自分では分からない。発音が間違っているかもしれない。アクセントの位置がおかしいかもしれない。文法的には間違っていなくても、ネイティブからすると妙に堅苦しい表現かもしれない。あるいは、もっと簡単で自然な言い方があるかもしれない。
そこで院長は、自分が録音した英語をときどきネイティブの人に聴いてもらい、
「この発音は変」
「ここのアクセントは違う」
「意味は分かるけれど、普通はそんな言い方をしない」
「それならこう言った方が自然」
などと直してもらったりしていました。これは非常に勉強になりました。
教科書で習った英語と、実際に人が使う英語には微妙な差があります。
たとえば日本語でも、
「あなたの症状が発生した時期を教えてください」と言われれば意味は分かりますが、自然な感じはなく、診察室では通常、
「いつからですか?」と言います。
英語にも当然、そうした「文法的には正しいけれど、実際にはあまりそう言わない」という表現があり、それをゴールとして修正してくれる人がいることは、英会話を学ぶうえで非常にありがたいことでした。
ただ、これも当然ながら欠点もあります。相手は人間です。こちらが英語を練習したくなったからといって、毎晩夜 10 時に録音を送り、
「この発音どう?」
「この言い方自然?」
「こっちとこっちならどちらがいい?」
と延々質問するわけにはいきません。
いくら親切な人でも嫌われてしまいます。つまり以前の院長の英語学習は、
フレーズを探す
→覚える
→スマホに向かってしゃべる
→録音する
→誰かに聴いてもらう
→修正する
→もう一度しゃべる
という作業をしていたわけです。
ところが現在。この一連の作業を、はじめの「覚える」を除いてほぼ全部 ChatGPT くんにやってもらっています。
Chat GPT が出始めのとき、これはあまりうまく行きませんでした。しかしバージョンアップするにつれ、院長のようなネイティブでない人間にもわかるような "自然な表現" に修正してくれるようになり、なにより「音声で対話でき、途中英語と日本語のチャンポンで話してもきちんと対応してくれる」ことは、大きな進歩です。
たとえば、
「外国人患者さんに『今日はどうされましたか?』と自然に聞きたい」
と尋ねれば、候補を出してくれます。このときに「"What brought you here?" より少しくだけた表現で親しみを感じやすいような表現ある?」とか、英語と日本語をまぜながら尋ねても、その内容をしっかり理解して回答をくれます。
「もっと短く」「診察室らしい表現に」「英語があまり得意ではない医師でも言いやすい文章に」
とか細かいことも対応してくれます。
そして気に入った文章が見つかったら、今度は音声で実際に言ってみます。発音がおかしければ指摘してもらう。文法がおかしければ直してもらう。
「意味は通じるけれど、その場面ならこちらの表現の方が自然です」
という修正をもらう。
そして、
「ではあなたが患者役をしてください」と言えば、そのまま模擬診察まで始めることができます。
かつてスマートフォンに一人で英語を吹き込み、それを誰かに送って添削してもらっていた院長からすると、隔世の感があります。便利になったのは「英語そのもの」ではありません。(特に独学で)。外国語を学ぶためのツール・環境が劇的に便利になった、ということです。
ある研究によると、主要五科目のなかで外国語(多くのひとは英語だと思います)を学ぶひとが最も認知症リスクが下がる、というデータがあるそうです。
ありがたいことに院長には患者さんとリアルな英語を、仕事の場で話す機会が(それなりに)あります。診察室で外国人患者さんを前にしたとき、迷わず最初の一言が出てくる。昨日言えなかった文章が、今日は言える。
そんな小さな変化を楽しみながら、毎日少しずつ ChatGPT 相手に英語をしゃべっています。
昔は「英会話を練習するには、英語を話せる人を探さなければならない」と思っていました。今は違います。スマートフォンを取り出して、「今日は診察室で使う英語を 10 分間練習したい」と言えばいい。
英会話学習のハードルだった「ネイティブを探す」という過程は、あくまで「英語をときどきコミュニケーションツールとして使う」程度であれば、必須ではなくなったと感じます。留学経験もなく、仕事をしながら少しずつ英語を身につけたい院長のような人間にとって、現代はかなりありがたい時代になったなぁとしみじみ思うのです。
というわけでまた chat GPT といっしょに会話してきますね。
