論文をじっくり読むときはどうしても PDF のままだと疲れてしまうのでプリントアウトしてしまうので、まだまだ完全デジタル化というのはちょっと慣れない院長です。
むかし、院長が子どもの頃は元旦の日にポストを確認するのが楽しみでした。友達や先生から年賀状が嬉しかったからです。その頃は親のところにはずいぶんたくさん年賀はがきが届いており、なんとなく羨ましかったのを覚えています。しかし気がつけば、もう令和。クリニックからのものはまだ続けるつもりですが、個人的な年賀状は今年からもう出すのをやめました。
一方、最近はお中元・お歳暮も世の中的に随分減ってきた印象があります。ただ、当院では「まだ開院 3 年目でお世話になっている施設や先生へのお礼をカタチにしたい」という院長のワガママをスタッフが理解してくれてまだ続けております。そして、医療機関ではまだまだこういったアナログなスタイルがしぶとく残っているものがあります。
それが「紙文化」。医療機関同士で交わされる紹介状やその返事、経過報告の手紙。形式ばった書式に、定型的な挨拶文。「平素より大変お世話になっております」から始まり、「(紹介状なら)御高診のほどよろしくお願いします」で締める。おそらくもう 50 年くらい変わっていないのだろうな、というような様式美が今なおごく普通に現場で生きています。
不思議なもので、こうした「昔ながら」の手紙のやりとりが、完全に廃れる気配は今のところありません。電子カルテが導入され、オンライン診療もできりょうになり、院内がどんどんデジタル化されても、紹介状とその返書だけは、なぜか手書きまたはプリントアウトされた紙で、郵送またはFAXで届けられます。「PDF 添付してメールとかセキュリティの安全性が確保されているプラットフォームで送っちゃダメかなぁ?」と疑問に思うことはしばしば。
この「紙の手紙文化」がしぶとく残っている背景には、医療界特有の「礼儀」や「信頼」といった、目に見えない価値観が関係しているように感じます。紹介状を書くという行為は、単なる情報の伝達ではありません。それは、患者さんの病状や背景を丁寧に整理し、相手の医師に“お願い”をする行為です。そして、返書はその “お願い” に対する丁寧な “お返し” であり、応対への感謝や配慮を示す手段だ。医師同士が互いに顔を合わせる機会が少ないなかで、こうした文面は一種の “人格” を帯びる性格を持っています。
メールだと、どうしても短く、事務的になってしまう。「いつもお世話になっております。◯◯病院の△△です。先日ご紹介いただいた患者様について、以下の通りご報告いたします……」と、定型文で済ませてしまいがちだ。そこに “筆跡” や “紙質” といった「個性」が加わるのが、手紙ならではの魅力であり、効力でもあるのでしょう(実際に紙にクリニックロゴのイラストが書いてあるものや、医師名だけ印刷ではなく手書きの署名となっていることはよくあります)。
院長自身、紹介状を手に取るとき、そこに滲む “紹介元先生の熱意” や “その先生の患者さんへのまなざし” を感じることがあります。「この先生は、本当にこの患者さんのことを考えておられるんだな」と、そんな印象を持つことも。逆に、定型文のように事務的に書かれた紹介状には、どこか「心がない」ような寂しさがないとはいえません。
こんな話を若手医師や若いスタッフにすると、「アナログすぎませんか?」と笑われます。でも、どんなに時代が進んでも、「人が人に託す」という行為には、一定の “儀式性” があってもいいのかもしれません。手紙とは、その “儀式” のひとつの形ですね。ちょうど、年賀状が年々減っていくなかでも、あえて一言添えて送ってくれる人のハガキが心にしみるように、儀式性はときにデジタルのなかで見落とされがちな心の "機微" みたいなものを補ってくれることがあります。
もちろん、今後こういったアナログアプローチは "生産性" "効率性" という鋭利な切り口できっと消えていくはずです。さまざまなレポートが安全かつ迅速にデジタルでやり取りできる仕組みが整えば、それに越したことはありませんので。患者さんの診療情報がより早く、正確に伝わることは、特に救急の現場などでは極めて大切なことですので。
ただ、医療とは最終的には "ヒトとヒトの営み" であり、その中では形式的であれ、手紙のやりとりにはどこか “品格” が宿るような気がするのです。たとえば、患者さんが自分の病気について相談に行った紹介先の医療機関で、「紹介元の ◯◯ 先生からしっかりとこれまでの経過が書いてあるお手紙をいただいていますよ」と言われると、どこか安心するもの。この点では、たぶんデジタルによる通知より優れているはずです。
これからの日本の医療は、デジタルとアナログの "いいとこ取り" で進むのがよいような気がします。迅速に伝えるべき情報は安全にリアルタイムで共有し、それとは別に、"人としての気遣いや信頼関係" を伝えるための手紙文化を、わずかな程度でよいので利用可能にしておく。少なくとも当院ではそんな “ハイブリッド” を、院長自身が居心地良くいるために残しておこうと思っております。
たかが手紙ですがされど手紙です。「診療情報のご提供ありがとうございました。いつも先生からのお手紙は内容が簡潔で、スムーズに当院で患者さんを引き継ぐことができ感謝しております」——そんな一文を今後も手書きの署名とともにしばらく続けていくのかもしれません。
・・・でもこうやって若手とのジェネレーションギャップが生まれていくのかも。スタッフから「そろそろもうやめませんか?」と言われたらやめるように心の準備はしておこうと思います。
