院長の地元に足を踏み入れるだけでやる気が出るようなパワーをもらえる場所があり、はじめて訪れることができました。
本日は早朝に公用を済ませたあと、院長の実家がある茅ヶ崎市が誇るすばらしい私塾、経営の神様、松下幸之助 氏が設立した松下政経塾の見学に行く機会をいただきましたので是非にということで参加させていただきました。現在日本の政治(現職の国会議員のうち 30 名以上がこの塾出身者だそうで、地方自治体の首長も多数おられます)・経済で活躍する人材を輩出している政経塾。入ったときから空気がかわるような雰囲気を味わうことができ、そのなかで行われた講義も大変価値あるものでした。
面白い講義だったので大してメモもとらずに聴いていたのですが、結構アタマに残っていました。本日学んだことを振り返りながら箇条書きにしてみます。
・90 歳になった氏が言ったそうです。「これまで僕は 125 歳まで生きようと思っていた」そこで塾生の方が(もしかするともう 90 歳になったし「あとはキミら若いひとで頼むわ」みたいなことかなぁ」と思ったそうで)「もう体力も衰えられたのでそろそろのんびりされますか?」と聞いたところ、
「・・・いや、そうやない、やっぱり気が変わってん。180 歳まで生きたい、思うんよ」と言ったといいます。すごいですね。
・氏は体が弱く(いわゆる虚弱体質で 2 日仕事したら 1 日休む、というペースで仕事をしていた)、学歴もない(小学校中退)が、そのことを逆に活用していた。すなわち「体が弱いからこそ自分で突っ走ることはできないのでひとに頼むことで部下が育っていった」「学歴がないから大学出の若い社員の話をよ〜く聴くことができた」とのこと。
・ひとに説いていたことは「素直」。とらわれずに素直に生きることを大切にするように社員に伝えていた
・経営については「赤字は万死に値する」として、会社全体ではなく各事業部の収支を大変気にした(そのため戦後 GHQ が入ってきたときに財閥扱いされて "財閥解体" され戦後直後はものすごい借金を抱えたがその後社員全員の署名で「幸之助 氏に再び経営権を」という要望書が GHQ に提出され、再びトップに返り咲いた、というのもすごい)
・ある日、天理教の幹部が訪ねてきて宗教勧誘を受けた。最初氏 「自分に宗教はいりません」とは断ったが、相手がしつこく「とりあえずお祭りがあるので一度遊びにきませんか?」と言ってきた。そこで天理教の社(やしろ)に言ってみた。そこにはものすごく丁寧・熱心に掃除をしているひとがいて、氏は「いったいいくらもらってそんな熱心に掃除をやっているんですか?」と聞くとそのひとは「とんでもない。ご奉公として無料でやっているんです。いつかこの世をより良い世界にするためです」。と答えた。このとき氏は「自分の会社の社員はおカネを払っても働かないヤツもおるのになぜ信者は喜んで働くのか」について沈思黙考したそうです。そして理解したのです。「そうか。信者は世の中をよりよくしよう、この世を天国にしたい、という崇高な信念があるから素晴らしい奉公ができるのだ」と。ここで普通ならば「じゃあ自分も天理教に入信しよう」とか思うのかも知れません。しかしそこが氏がすごいところ。「もしそうならわれわれの会社はもっとすごいことができるはず」と思ったそう。なぜなら「"いつか" を夢見ている宗教人でもこれだけできるのだから、われわれのような "すぐそこの未来" の生活をより良くして "貧" を打ち倒そうと努力している産業人はそれ以上にできるのはアタリマエだからだ」。翌日、氏が設立した PHP 研究所の語源、Peace and Happiness through Prosperity、すなわち "物心一如"(直訳すると物質的な豊かさを通じて平和と幸福を実現する)の概念を社員の前で説き、ここから会社はさらに業績を伸ばしていったそうです。
・・・なんだか松下幸之助教みたいになってきましたが、そのくらい "染まってしまう" 雰囲気が松下政経塾にはありました。氏が魂を込めた場所であることは間違いないこんな素晴らしい場所。これが院長が小学校から高校まで住んだ茅ヶ崎にあること。このことをもう少し早く知りたかった。院長が小中学生のころは「この街には松下政経塾があってね・・・」みたいなことを言う先生は皆無でしたので。辻堂海浜公園に行くのにその前を何回通ったかわからないのですが。是非現在市内の小学生・中学生にはこういった場所が市内にあることを教えてあげてほしいと心から希望します。
