メニュー

離れていても臓器と臓器はテレパスのようにやりとりをしており、患者ー医療従事者間もそういった相互関係が必ずあるように感じます。

[2025.08.28]

最近さまざまな生理現象(消化・排便や排尿など)に関する論文を読んでいると出てくる単語に "Axis" があります。これは「軸」という意味ですが、しばしば「相関」と訳されます。これは「ある臓器とある臓器が自律神経系や液性因子を介して関連する」ときに使われる言葉です。ちなみに液性因子とは(細胞間の情報伝達を担う生理活性物質である)サイトカインなどを指します。

・・・なんだかよくわかりませんね。この Axis の実例を示しましょう。よく使われるのは "脳腸相関 (Brain-Gut Axis)"というフレーズで、これは「ヒトの体内で、腸と脳は離れているものの、消化や神経機能が円滑に作用するためにこれらが強く関連していること」を表した言葉です。消化管の状態が神経症状に影響し、逆に脳神経系の状態が腸管に影響する、ということです。代表的な疾患が過敏性腸症候群で、仕事によるストレスでお腹を壊したり、緊張すると便秘になったりする疾患です。

この「脳腸相関」、古代の医学でも経験的にとらえていたのではないかと思わせる薬があります。それが漢方薬の承気湯類(大承気湯・調胃承気湯など)や抑肝散加陳皮半夏・半夏厚朴湯・帰脾湯などの方剤です(実際はもっとたくさんありますが今回はこのくらいで)。 これらの方剤は単なる消化薬ではなく、神経症状の改善にも用いられており、われわれ現代の医師が処方するときも必ず「不安症状」「うつ傾向」などの精神神経症状がないか、確認しています。

ではなぜ消化管と神経・精神の症状が相関するのでしょうか。これには大きく 2 つの観点がありそうです。まず、東洋医学的に言えば、便秘や腸の停滞は「熱邪」「積滞」として身体にこもり、頭に熱を上らせて精神をかき乱すとされます。大便を下すことで「邪」を取り除き、心神が安定するのです。現代的に解釈すると、腸内に老廃物がたまれば有害物質が吸収されやすくなり、代謝や神経系に悪影響を及ぼすことも考えられます。便秘が続くと頭痛や不眠、気分不良が起こる経験は、多くの方が経験されることです。

次に現代医学が解明してきた「脳腸相関」の研究から、腸と脳は迷走神経や腸内細菌叢を介して双方向に情報をやり取りしています。腸内環境の乱れはセロトニンなど神経伝達物質のバランスを崩し、不安、不眠、うつ状態などの一因となると考えられています。たとえば承気湯類によって腸を動かし、老廃物を排泄することは、腸内環境をリセットすることにつながり、結果として脳の働きや精神状態が改善する――これはまさに、古代の知恵が現代の「脳腸相関」に先んじていたと言えるでしょう。

現代はストレス社会。便秘や下痢といった腸のトラブルと、不眠・不安・イライラといった精神的トラブルは切っても切れない関係にあります。

  • 便秘が続くと気持ちがふさぐ

  • 過敏性腸症候群ではストレスで下痢や便秘が悪化

  • 腸内細菌が作る物質が、脳の働きを左右する

これらはすべて脳腸相関の現れです。漢方薬は 21 世紀に注目されている臓器間の相互関係について、2000 年前から経験的に活用してきたといえます。古人の医師たちが CT や内視鏡はもちろん、採血や検尿データもない時代だからこそ、患者さんとその症状をいかによく診ていたか、ということがよくわかるエピソードかと思います。

少し余談ですが、脳腸相関にはこんな面白い研究もあります。

  • 腸の神経細胞数は脊髄のそれに匹敵し、「第二の脳」と呼ぶ研究者もいる。

  • 俗に "幸せホルモン" と呼ばれるセロトニンの 90% くらいは腸で作られている。

  • マウスに特定の乳酸菌を与えると、不安行動が減り、脳内の GABA(γーアミノ酪酸:体内の神経伝達物質で、気持ちをリラックスさせ、良好な睡眠を促す) が増える。

こうした知見を見ると、「お腹の調子を良くすると頭がスッキリする」という漢方の発想は、単なる偶然ではなく、患者さんの詳細に記録に基づく裏付けのある考え方なのだと実感しますね。

院長の専門である泌尿器科領域でも「この患者さんの排尿症状は明らかになんらかの精神的なストレスから来ているのではないか」と感じるケースは少なからず経験します。疾患名でいえば、「慢性前立腺炎」「慢性骨盤痛症候群」「間質性膀胱炎」などの患者さんにそういったケースは多くみられます。消化管症状に比べるとその頻度や患者さんの数は少ない(細菌が豊富に常在する腸管と異なり、膀胱や尿管などの尿路には常在細菌叢がないからかもしれません)と思われますが、こういった患者さんに対するアプローチとして、漢方薬が一定の役割を果たしている印象があります。

クリニックは病院と異なり高価な検査機器や入院を要するような大掛かりな検査は提供できません。その分患者さんひとりひとりの症状に関して詳しくチェックすることは大きな施設よりもしやすい環境にあります。忙しい外来診療のなかで、患者さんの訴えを院長がすべて聴取することはできないこともありますが、当院は看護師などのスタッフが大変受容的に症状についての問診を行っております。クリニック全体でしっかりと患者さんの病状を把握し、わずかな変化に気づくことができるような施設でありたいと思っております。"医療従事者の患者さんに対する姿勢" も患者さんの症状に関連する(「脳ー膀胱ー患者=医療従事者相関」とでも言いましょうか)ことが必ずあると思いますので。

HOME

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME